【王立魔術学院 入学オリエンテーション】
校舎の大扉が開かれたとき、ざわめきが一斉に止んだ。
石造りの廊下が奥まで続き、その壁には無数の魔術紋が刻み込まれている。
精緻な蔓のような曲線、幾重にも重なる円環、尖った星形の紋章。
それらが淡く脈動し、霧のような光を吐き出していた。
「これが……王立魔術学院……」
隣で寮生の一人が感嘆の息を漏らす。
その背後で上級生が胸を張り、誇らしげに声をあげた。
「ここにある魔術紋はすべて、歴代の学院長が精霊に祈りを捧げ、刻まれたものだ。
学院の礎は神聖なる契約に守られている」
見学者たちは神殿を歩く巡礼者のように、静かに首を垂れた。
だがケイル――慧一だけは、視線を床へ落としていた。
足裏に伝わる微かな熱。
通路の中央を走る黒い石板が、他より僅かに温い。
強くなったり弱くなったり、一定ではない。
(魔力配管だ。循環導管……高温域と低温域が周期的に並んでいる)
天井へと視線を上げる。
そこには巨大な魔力灯が吊られていた。
直径三メートルの球体。表面には青銀色の紋章が走り、まるで星雲のように揺らめいている。
上級生が胸を張って解説した。
「この光は学舎の魂。精霊の加護によって永遠に灯される。
人の力ではなく、精霊が自らの祝福を流すのだ」
新入生たちは憧れの視線を向ける。
しかし慧一は、その説明の裏にある沈黙を嗅ぎ取っていた。
(光源が安定しているなら、導管は一定温。だが温度ムラがある。
つまり――損失が発生している)
魔力灯から床へ向けて、微弱な熱流が落ちている。
魔術紋の一部は高効率で変換、他の部分は乱流的に漏出。
この建築物は**魔力を循環する“機械”**なのに、誰ひとりそれを指摘しない。
「均一じゃない…エネルギー損失があるはずだ」
小声で漏らした瞬間、隣の生徒が怪訝な顔で振り向いた。
「は? 損失? なに言ってんだよ、詠唱があるから流れるんだろ」
「そうだ。均一とか関係ない。祝福の強さは精霊と血統で決まる。
神様が嫌えば流れない。単純だろ」
慧一は苦笑した。
まるでシャワーの水圧を“神の気分”で語るような会話だった。
彼らは観測から説明を組み立てない。
結果だけを信仰として受容し、原因に触れようとしない。
天井の魔力灯が静かに脈打つ。
それは「永遠の加護」ではなく、熱交換を繰り返す発電機の鼓動にしか見えなかった。
(魔術式は宗教じゃない。媒質と境界条件、ただそれだけだ)
青白い光がケイルの瞳を照らす。
その奥で、木戸慧一の理性が静かに火を灯した。
この世界の魔術――解析してみせる。




