遺跡奥 ― 禁書庫への到達
暴走炉の微細な耳鳴りは、背後でなお断続的に跳ねていた。研究班はその残響を避けるように、基台裏手へ伸びる狭い回廊へと足を踏み入れる。岩肌は煤けても崩れてはいない。天井から垂れ下がる鋼索は焼けて断たれ、しかし扉の枠は意図的に埋められていた。崩落ではなく封鎖――古代の誰かが、ここを閉じねばならなかった理由があった。
通路は短い。だが歩くほどに空気が変わる。息を吐くたび、胸腔の奥で渦巻いていた魔力ノイズが薄れていく。先ほどまで心拍が僅かに同期していた仲間たちの間隔すら、ばらばらに解けていく。まるで耳元に貼り付いていた無言の囁きが、不可視の境界を越えた瞬間に切断されたようだった。
最奥はぽっかりと開いた円形の空間だった。天井高は低く、光は壁面から直接湧き出すように淡く拡散している。照明器具はない。代わりに壁材そのものが発光し、白磁にも似た冷たい輝きで部屋を満たしていた。
ラクシアが最初に気付いた。指先を壁へ近づける。触れた瞬間、皮膚の内側を針が撫でるような微振動が走り、彼女は目を細めた。
「……遮断材。外界の魔力を、完全に落としている」
追随するように各自の計測器が沈黙した。炉からの残響も、感知式の余波も、ここでは一切反応しない。静寂が降りたのではない。外界が切り落とされたのだ。音も、魔力も、鼓動の余韻すらも。
ケイが息を吐いた。驚愕でも安堵でもなく、観測値がゼロへ整列したことへの純然たる納得だった。
「……なるほど。ここは記録のための空洞だ。情報を乱さないために、世界を排除している」
足音だけが、封印された部屋の床に鈍く響く。誰も声を上げない。
奥に並ぶ石板の束へ視線が吸い寄せられるのは、次の場面へ踏み込む者だけが抱く衝動だった。
古代文明は炉の奥に何を秘匿したのか。
答えは、静寂の中央に置かれていた。




