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異世界物理  作者: 南蛇井


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最後の一撃 ― 完全停止したはずの機構

基台の中央に走る裂け目。崩落した床材の断面は、古代の金属か陶器ともつかない淡い灰銀を晒し、そこからわずかに漏れ出す魔力の気配は、ほとんど呼吸のように弱かった。

 ケイは歩を進める。その靴底が砕けた破片を踏み、淡い音が遺跡の天蓋へ吸い込まれていく。


 魔力感知器の針は不安定に震えながら——突然、0.00に沈んだ。


 誰かが息を呑む音すら掻き消されるほどの“空白”が訪れた。

 魔力そのものがこの世界から刈り取られたかのような、圧倒的な静寂。

 わずか一瞬。だが、それは永劫にも似た。


 次いで、反動的な跳躍。


 感知器の針が限界を振り切る速度で逆流し、研究班の携行灯が同時に破裂した。

 閃光は刀身のごとく視界を裂き、網膜へ鋭い痛みを刻みつける。

 誰も叫ばない。ただ光が終わったあと、耳鳴りの中で息を求める肺の震えが続いた。


「……まだ死んでいない」


 ケイだけが、確信めいた声で呟いた。

 魔力炉は停止していなかった。均衡を求めてもがくように、空間へ負荷を投げ続けている。

 あのノイズは誤作動ではない。失敗した治療法が患者を殺しにかかるときのように、炉は都市に“調律の痛み”を押し付けているのだ。


 ラクシア教授は喉の奥で乾いた息を吐く。

 その眼差しは恐怖ではなく理解に近かった。研究者が禁忌へ触れた瞬間の、冷たい昂揚。


「待っているのか……」

 彼女は亀裂の奥へ目を凝らす。

「“炉心を埋める者”を?」


 言葉は冗談の形をとっていたが、声に揺らぎはなかった。


 研究班の誰かが震える手で魔力端末を抱え直す。ケイは目を細めた。

 均衡炉は、生体魔力の特性を測定している。

 破損した古代装置は、無数の候補の中から“最適な核”を探し、人間という器を炉心として組み込む可能性を秘めている。


 遺跡は死んでいない。

 むしろ再起動のために——新しい魂を求めているのだ。

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