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異世界物理  作者: 南蛇井


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33/48

第一の不穏 ― 遺跡は死んでいない

3:00〜


計測班は基台を中心に放射状へ散り、距離と方位を逐次共有した。

ケイは端末の波形を凝視していた。

ノイズφは微弱ながら一定周期で反転し、まるで呼吸するかのように振幅を折り返している。

上へ、下へ。揺らぎは均衡点を起点とし、負の位相に滑り込んでは戻る。


「……反転値が限界を超えている」

アルノの声は乾いていた。

魔術に敏感な彼の指先が、握ってもいない武器を探るように震えている。

「こんな落差、人間の魔力じゃ出せない。領域そのものが押し返してくる」


瞬間、視界が狭まった。

照明魔具の光が一段だけ暗転し、同時に胸の鼓動が急激に整列する。

一人ではなく、全員の心拍が同じ律動に同期した。

肉体が外部の拍動に乗る感覚――自分の命が誰かに預けられた錯覚。


ニアが息を詰めた。

「魔物の精神干渉……じゃない。もっと、静かで冷たい……」


ケイは瞳を細めた。

端末に映る波形は緩やかな三日月を描き、均衡点へ戻ることなく負圧の反対側へ沈んでいく。

それは崩壊ではない。補正だ。

壊れた装置が、自分を修復できない代わりに外界へ負荷を投げ返している。


「ノイズじゃない」

ケイの声は低く、ためらいがなかった。

「補正信号だ。停止した炉が、自分を再起動できない。

 だから都市スケールの空間に、負の調律を送り続けている」


ラクシアは振り返り、リング状装置を見上げた。

その視線には、学者である自分への嫌悪と恐怖が混ざっていた。

「壊れた均衡器が……都市規模で暴走の余波を撒いていると?」


誰も答えなかった。答える必要がなかった。

遺跡は沈黙のまま、心拍を同調させ続けている。

分析機は故障していない。

生命維持儀式でもない。

それは、ただ正しい位相へ戻せと命じていた。


砂漠の都市は死んだのではない。

均衡を取り戻すまで、死ねないのだ。


ラクシアは唇を噛み、震える手を懐へ押し込んだ。

彼女の眼には、研究者の理性ではなく、歴史への畏怖が宿っていた。


「古代文明は魔術を神秘ではなく――再現可能な科学として扱った。

 その科学は、制御を失えば都市を生きた災害へ変える……」


誰も動けなかった。

空気は静かだったが、どこかで心臓ではない何かが脈動していた。

それは都市の“魂”ではない。

均衡を求めて、死後もなお働き続ける装置の欲望だった。

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