第一の不穏 ― 遺跡は死んでいない
3:00〜
計測班は基台を中心に放射状へ散り、距離と方位を逐次共有した。
ケイは端末の波形を凝視していた。
ノイズφは微弱ながら一定周期で反転し、まるで呼吸するかのように振幅を折り返している。
上へ、下へ。揺らぎは均衡点を起点とし、負の位相に滑り込んでは戻る。
「……反転値が限界を超えている」
アルノの声は乾いていた。
魔術に敏感な彼の指先が、握ってもいない武器を探るように震えている。
「こんな落差、人間の魔力じゃ出せない。領域そのものが押し返してくる」
瞬間、視界が狭まった。
照明魔具の光が一段だけ暗転し、同時に胸の鼓動が急激に整列する。
一人ではなく、全員の心拍が同じ律動に同期した。
肉体が外部の拍動に乗る感覚――自分の命が誰かに預けられた錯覚。
ニアが息を詰めた。
「魔物の精神干渉……じゃない。もっと、静かで冷たい……」
ケイは瞳を細めた。
端末に映る波形は緩やかな三日月を描き、均衡点へ戻ることなく負圧の反対側へ沈んでいく。
それは崩壊ではない。補正だ。
壊れた装置が、自分を修復できない代わりに外界へ負荷を投げ返している。
「ノイズじゃない」
ケイの声は低く、ためらいがなかった。
「補正信号だ。停止した炉が、自分を再起動できない。
だから都市スケールの空間に、負の調律を送り続けている」
ラクシアは振り返り、リング状装置を見上げた。
その視線には、学者である自分への嫌悪と恐怖が混ざっていた。
「壊れた均衡器が……都市規模で暴走の余波を撒いていると?」
誰も答えなかった。答える必要がなかった。
遺跡は沈黙のまま、心拍を同調させ続けている。
分析機は故障していない。
生命維持儀式でもない。
それは、ただ正しい位相へ戻せと命じていた。
砂漠の都市は死んだのではない。
均衡を取り戻すまで、死ねないのだ。
ラクシアは唇を噛み、震える手を懐へ押し込んだ。
彼女の眼には、研究者の理性ではなく、歴史への畏怖が宿っていた。
「古代文明は魔術を神秘ではなく――再現可能な科学として扱った。
その科学は、制御を失えば都市を生きた災害へ変える……」
誰も動けなかった。
空気は静かだったが、どこかで心臓ではない何かが脈動していた。
それは都市の“魂”ではない。
均衡を求めて、死後もなお働き続ける装置の欲望だった。




