心臓部 ― Manifold Reactor原型の亡骸
1:20〜
螺旋の階段を抜けた途端、空気が変わった。
そこは洞窟というより、巨大な心臓の空洞だった。
直径三十メートルの円形基台が、砂漠の底に鎮座している。
床石は幾層にも押し広げられた石英板で、その表面に刻まれた曲線は星座の軌跡のように整然と交差していた。
中心部にはリング状の装置――黒焦げた外殻が、まるで灼熱に耐え抜いた外皮のように硬直している。
しかし内部の面だけは別世界だ。
磨かれた鏡面が、灯球の弱々しい光を完璧に返し、いまだ稼働している錯覚を与える。
「……暴走したのに、核は燃えきっていない?」
誰ともなく漏れた声に、ラクシアは応えない。
彼女の視線は鏡面の湾曲を追い続けていた。
内部の幾何学は、焦げても崩れていない。
脈打つ器官を残したまま、皮膚だけが焼き千切れた生物のようだ。
部員のひとりが装置に歩み寄った。
軽く触れようと伸ばした指が、リングの縁に触れた瞬間――。
世界の音が、落ちた。
通信機の接続灯が一斉に沈黙し、魔力灯がひと息に消える。
音響器の微かなノイズすら奪われ、空洞は真空のような沈黙に呑み込まれた。
次の瞬間、耳鳴りが弾けた。
正確には音ではない。
空気を震わせない、魔力位相の裂け目が頭蓋の内側を貫く。
心臓の鼓動が一拍だけ遅れ、視界の奥行きが崩れ落ちる。
リング周縁が、淡く呼吸した。
焦げた殻の下、何かが「測定」を始めている。
侵入者の魔力、呼吸間隔、思考の律動――それらを一つずつ均衡へ押し戻そうとする不可視の手。
「……やめろ!」
副部長が声を上げ、部員の腕を引いた。
接触が途切れると同時に、停止していた器具が一斉に震え、光を取り戻す。
ただし音は完全には戻らなかった。
空間のどこかに欠損が生じたまま、耳の奥が薄く軋む。
ケイは装置の前に歩み出た。
恐怖ではなく、狂気に近い知的好奇心が顔を照らしている。
「停止じゃない」
指先でリングの内縁を示す。
鏡面は何かを待つように澄み切っている。
「保持だ。自己保存のために整えている。炉心を失っても、均衡化のアルゴリズムだけが生きている」
ラクシアが小さく息を呑む。
ケイの言葉は間違いではない。
この遺跡は滅びた後でなお、理想状態へ“戻そう”としている。
そこに意思はない。
しかし、意志を模した何かが、まだ回っている。




