第一層 ― 粉塵と死んだ魔力の匂い
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階段を降りた瞬間、空気が変質した。
砂漠の乾いた匂いはどこにもない。
鼻腔を刺すのは、灰の焦げた鉄臭――魔力が燃え尽きた後にしか残らない化学的残滓。
灯球を三つ点けた。
白い光に照らし出された床は、砂ではなく極細の黒灰で覆われていた。
粒子は靴底が触れるたび微弱な静電を帯び、照明の影に沿ってゆっくりと舞い上がる。
炎が消えた炉心の呼気が、なお地表を撫でているようだった。
ケイは膝をつき、収集チューブの蓋を開いた。
粒子がひと房、吸い込まれていく。
解析計測機が即座に値を返す。
「炭化粒子……温度ピークは推定三千を超える。魔導炉の熱暴走時にしか出ない」
淡々とした声が、逆に調査班の鼓動を煽った。
誰もがこの空間が「終わった後」ではなく、「失敗した瞬間」を永久凍結しているのだと悟る。
天井から、細く短い石の落ちる音が響いた。
次の瞬間――全員の計測具が一斉に悲鳴を上げる。
魔力感知式の円環が跳ね上がり、赤色域へ針が突き刺さる。
「……魔物?」
副部長の声が震え、背中で誰かが息を呑む。
ラクシアは首だけ動かし、黒灰の海を睨んだ。
「違う。残留同調だ」
視線の先、何も動いていない。
ただ粉塵が、ひどく遅い呼吸のように上下し続けている。
「死んだ炉が、空虚を埋めようとしている」
その言葉と同時に、足元の灰は微かなうねりを描いた。
見えない手が探るように、彼らの体温・魔力周波・心拍を撫で回す。
侵入者を排除するためでも、迎え入れるためでもない。
ただ、かつての運用状態へ――欠けた炉心の代替として――同期しようとする原始的な試行。
ケイは咄嗟に息を止めた。
肺の内部までもが、灰の振動に合わせて収縮する。
遺跡の呼吸に呑み込まれれば、再調律は不可逆だ。
「全員、魔力遮断を。心拍も抑えろ。ここはまだ……稼働中だ」
灯球の光が、灰を抱いた空間をわずかに照らす。
その淡い反射の奥、何かが脈打つ。
生命ではなく、理念の亡骸。
古代文明の魔術炉は、死してなお試運転を繰り返していた。




