表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界物理  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/48

空洞降下 ― 星型魔術孔と幾何学の死骸

足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。湿度でも気温でもない、触れた皮膚が一瞬だけ反応を忘れるような、静電気に似た減圧感。足元の岩盤は手彫りの洞窟にありがちな削痕ではなく、均一な曲面で滑らかに削ぎ落とされている。人間の手ではなく、計算器官を持つ何かが掘ったみたいに。


 空洞は巨大な逆円錐のように深く、壁面に沿って星型格子が敷かれている。見慣れた五芒星ではない。角を持つ形ではなく、曲率を持つ連続的な星が、岩肌に焼き付けられている。中心へ向かうほど曲線は細く、螺旋のように収束していた。まるで何かが中枢で永遠に回転し続けているかのように。


 「……数が合わねえ」


 歩測を担当していた部員がぼやいた。足元の魔術孔は人が踏み込める程度の直径だが、間隔が均一ではない。メンバーが指で測り、眼で追う。どの孔も微妙に離れ、微妙に寄っている。


 「等間隔じゃない。比率が……黄金比?」


 問いかけというより、恐る恐る口に出した計算結果だ。


 ケイは即答した。吐き捨てるように、しかし正確に。


 「斐波那契もどきだ。偏関数で最小魔力散逸になる配置。極小エネルギー曲面を格子に転写してる」


 魔術孔に手をかざす。魔力の噴出はほぼゼロ。見えない。感じない。だが孔と孔の間を歩くたび、肺が勝手に拍を刻む。吸って、吐いて、そしてまた吸う。気づくと、全員の呼吸が同じ間隔になっていた。


 「……今、変な感覚したよな?」


 誰かが呟いた。視線が交差する。全員が肯定の表情を浮かべていた。息を合わせた覚えはない。それでも肺が一つのメトロノームに縛られるように動く。孔が呼吸を測定し、呼吸を矯正してくる。


 ラクシアは黙って壁面の曲線を撫でた。指先が微細な振動を拾う。人を迎え入れる意志ではない。これは測定器だ。


 (侵入者の魔力周波をサンプリングしている……。古代文明は魔術式を行使する前に、まず生体魔力を取得していた?術者を条件に合わせて調律する装置?)


 脳裏に浮かぶ仮説が、岩盤の曲線とひとつに合わさる。魔術孔の幾何学は死んでいる。けれど死骸には設計思想が残っている。効率、制御、同期。人間の精神を魔力の波形に従属させるための、圧倒的な合理性。


 空洞の奥から吹き上がる微風が、ゆっくりと呼吸のテンポを崩してくる。音も光もないのに、洞は彼らを数えていた。肺の振幅、心拍の微細な周期、魔力の底流。


 測り続ける空間の中を、彼らは一歩ずつ降下していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ