北方砂漠帯の到達 ―「自然ではない静寂」
砂嵐は一夜にして去っていた。
乾いた風が砂丘の肌理を均し、どこもかしこも似たような緩やかな稜線を描く――はずだった。
だがその中央、砂が拒絶した輪郭がぽっかりと口を開けていた。
直径百メートルを優に超える陥没孔。
周囲の砂面が柔らかく撫でられたように整っているのに、縁だけは刃物で抉ったような鋭利な断面を晒している。
自然の侵食が作り出す輪郭ではない。削ぎ落とされた境界。
人為的な力が砂と岩盤を**「切断」**したのだと、視覚だけで理解できた。
調査班の靴底が砂に沈む。
風の音が消え、代わりに耳の奥でかすかな鼓動のような脈動が始まった。
魔力反応――だが、どこから湧くとも知れない。
空でも地面でもない。空隙そのものが震えている。
「ドローン投下する」
ケイが短く告げ、折りたたみ式の深度計測ユニットを解放した。
小さな球体が無音で落下し、陥没孔の闇へ吸い込まれる。
瞬間、端末の表示が揺れた。高度データが下降→上昇→下降と周期的に反転する。
ラクシアは掌を端末へ寄せ、細い眉を寄せた。
「……ノイズφの落差が一定だ。乱流ではない。自然災害の痕跡でもない」
砂丘を渡る冷風が、彼女の外套の裾を静かに揺らす。
教授の瞳には、既視の色――研究対象を見つけたときの光が宿っていた。
「炉心喪失の反動。都市規模の魔力循環が壊れたときにだけ現れる波形だ」
ケイは膝をつき、砂をひとすくいした。
粒子が掌の上でさらさらと癒着もせず崩れ落ちる。
だが、その崩れ方には脈動と同調する微振動が含まれていた。
彼は手帳の第一頁に記す。
観測メモ
φ(t) = φ₀ – A·sin(ωt)
ω ≈ 0.98 rad/s(規則振動)
→ 自律調整系の残存を示唆
瞬間、砂丘が吐息のように沈む。
遠雷に似た低音が陥没孔の底から這い上がる。
それは死んだ都市の残響ではなかった。
――崩壊後もなお、何かが空間の位相を保とうとしている。
ケイは立ち上がり、風の止まった空を見上げた。
砂漠は静かだった。だがその静寂は自然の静けさではない。
喪失した何かが、まだ呼吸を続けようとする調律の死。
古代式の魔術は、終わっていなかった。
ただ、心臓を失ったまま鼓動をやめない機械が、闇の底で眠り続けているだけだった。




