ケイの核心思想
ケイの机上に散らばる紙束は、炎の夜を潜り抜けたかのように煤けていた。講堂の喧噪も、議会の圧迫も、新聞の見出しも、遠い過去の残響のように思えた。彼の視線はただ一枚の式へと集約している。
Φ ∂P/∂t = div(ρv) − ε
この一行が、自らの存在すべてを敵に回す引き金となったのだと知ったうえで、ケイは静かに呼吸を整えた。
「魔術は偶然の産物じゃない」
その声は怒りの色を含んでいなかった。むしろ凪のように平坦で、底の見えない深さがあった。
「同じ条件、同じ境界、同じ媒質。それらが揃えば、結果は再現できる。ならそれは科学だ」
指で机を叩く。軽い音が研究室に滲む。ニア、アルノ、バルキスが肩を寄せて立っていた。ラクシア教授は背後の棚に凭れたまま、目を閉じている。
「彼らは式の意味を理解しなかった。表層だけを真似し、安定条件を削った」
ケイは顔を上げ、仲間たちを順に見た。怒鳴らず、責めず、ただ事実を述べるように。
「それは剣を子供に持たせるのと同じだ」
アルノが顔を歪める。「だが俺たちは……学院中を敵に回して……」
「違う。俺たちを敵に回しているのは、無知と怠慢だ」
ケイの声音は淡々としていたが、その内側には研ぎ澄まされた刃の冷たさがあった。激情ではなく、諦念でもない。理屈が正しいと知る者だけが持つ静かな闘志。
彼は式の端に小さく書き足した。
数値。媒質係数。臨界点。
それらは祈りでも呪いでもない。ただの条件だ。
「灰燼会も詠唱至上派も、魔術を神格化する。だが神の名を借りれば失敗は奇跡だ。式なら、失敗はただの誤差になる」
ニアが唇を震わせる。「それでも……彼らは――」
「理解しようとしない者に、理解を強制はしない」
ケイは立ち上がる。背筋は真っ直ぐで、視線は恐れよりも確信に満ちていた。
「ただ一つだけ言える。俺たちが示した現象は、再現できる。再現可能性は暴力にも破壊にも勝る」
静寂が落ちた。
それは敗北の空気ではなく、これから刃を研ぐ鍛錬前の静謐だった。
そしてケイは最後に言う。
「次は、理解した者だけに見せる。理論を恐れない人間に」




