表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界物理  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/48

灰燼会の存在

灰燼会――その名を表に出す者はほとんどいない。だが、学院の闇を知る者であれば、誰もが噂程度には耳にしていた。


古い儀式を崇拝する秘匿団体。成立年代も目的も曖昧なまま、ただ一つの信条だけが流布する。


「魔術は言葉であり、祈りであり、捧げ物だ。式などによる抽象化は魂を殺す」


その思想は嘲笑ではなく、恐怖を伴って語られてきた。形式化された魔術理論は、彼らにとって神への冒涜であり、禁忌の触れ幅だった。


研究班閉鎖の噂が走った日、学院議会の議員の一人が密やかに退室していく。灰色の外套。袖に刺繍された燃え残りの灰の紋。誰も声をかけない。誰も目を合わせない。関われば、そこで人生が終わると知っているからだ。


彼らは講堂暴発事件を「恵み」と呼んだ。

祈りなき術が破滅を招いたという 証拠。

会合の円卓に報告が届くたび、低く湿った笑いが漏れたという。


「式は虚空を招く。理論は魂を焼く。ゆえに――燃やせ」


灰燼会は学院理事に献金を流す。貴族派の議員はそれを受け取り、票を買われたと自覚しながら沈黙する。

掲げられた議題はただ一つ。


「形式魔術の適用制限」

名目は安全措置。実質は異端審問。


ケイの名は議事録から慎重に消され、代わりに匿名の「危険な研究者」と表記された。だが誰もが知っている。誰のことを指すか。


ラクシアはその手口に覚えがあった。

十年前、彼女の恩師が同じ理論系統で焼き討ちに遭った。

研究棟ごと灰になり、後に残ったのは詠唱至上派の勝利という新聞の見出しだけ。


灰燼会は直接脅さない。

代償をちらつかせる。

噂を仕掛ける。

記録を書き換える。

中枢に潜り込み、制度そのものをゆっくりと腐らせる。


その日の夜、廃棄予定の研究区画で、薄暗いランプを前にしながらラクシアは息を吐いた。


「……あの灰の匂い、まだ消えてなかったのね」


その呟きは誰にも届かない。

ただ、冷えた研究机の上で、ケイが書いた未完成の式だけが淡く光を保っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ