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異世界物理  作者: 南蛇井


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研究班の崩壊危機

研究室は封鎖前の最後の夜を迎えていた。

窓の外では学院の塔灯が淡く揺れ、

その揺らぎがまるで崩れ落ちる未来の影を映しているかのようだった。


机の上には半端な実験ログ、血走った文字の計算式、

手垢で黒ずんだ触媒石。

全てがまだ温かいのに、もう“遺品”めいていた。


アルノが壁にもたれて座り込んでいた。

肩幅の広い体が縮こまり、両手は震えて握り締められている。


「俺の…模擬戦が火種だった」

声はかすれ、奥歯を軋ませる音が混じる。

「俺が風を操らなかったら、あいつらは興味を持たなかった。

 弟子も…真似しようと思わなかった」


ケイは首を振った。

だが慰めの言葉は一切浮かばない。

アルノの痛みは、彼自身の痛みでもあったからだ。


バルキスは遠巻きに器具棚に寄りかかっていた。

青灰色の長髪が冷淡な瞳を隠し、

口調だけが貴族らしい平静を保つ。


「理解しろ、ケイル。

 私の家名はこの騒動に巻き込まれるほど軽くない。

 研究に価値があっても、政治的に価値がなければ死ぬ」


その言葉には明確な線引きがあった。

仲間である前に“血統”の重さを優先するという宣言。


ニアは机にかじりつくようにして泣いていた。

触媒石を抱き締める腕は震え、涙で頬が濡れている。


「違うの…式は悪くない…!」

声が裏返る。

「理解しなかっただけ…媒質の安定点を…見ようとしなかっただけ…

 なのに…責任を…全部ケイに…!」


机に染み込んだ涙が、小さく光って滲む。

その滴は、誰よりも彼の研究を信じた少女の叫びだった。


ケイは拳を握った。

苦い言葉が喉元まで上がったが、吐き出せない。

責める相手は彼らではない。

だが、守るべき仲間すら守れない自分への怒りが胸を焼く。


沈黙の中、最後にラクシアが口を開いた。


彼女は背筋を正し、机の一角に積まれた研究資料に指を置く。

その指先は震えていなかった。

ただ静かに、重さを計るように資料の端を押さえた。


「私はあなたたちを守りたい」

低く、しかし確固とした声だった。

「だが、教授という立場で擁護すれば——研究ごと抹消される」


視線だけがケイに向けられる。

そこには恥も恐れもなく、ただ一つの問いが宿っていた。


 あなたは、この戦いを続ける覚悟があるか。


ケイは答えられなかった。

胸の奥で理論が叫び、炎が渦巻き、未来が軋んでいる。

だが口から出てくるのは、乾いた呼吸だけ。


研究室の扉が、外側から魔術封印の結界で赤く光った。

封鎖手続きの開始だ。


アルノが目を逸らす。

バルキスは肩をすくめる。

ニアは嗚咽を押し殺す。

ラクシアは一歩も引かず、結界の光を睨み返した。


それは崩壊の夜であり、同時に——

誰が戦士で、誰が庇護者で、誰が逃亡者かを決める夜だった。

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