責任の矛先
暴発から三日後。
学院議会は異例の速度で招集された。
豪奢な円形議事堂に並ぶ議員席は、まるで裁判官の列。
中央に立たされたケイは、被告であるかのように感じた。
足元の冷たい石床が、彼の呼吸を鈍く響かせる。
ディルトン・ヴァヌスは立ち上がった。
声は静かだったが、観衆の耳を確実に支配した。
「危険なのは術者ではない。
術式そのものだ。
ケイル・リヒトナーの研究が、我が弟子を死地へ追いやった」
議事堂にざわめきが走る。
被害者の名前を盾に取られた瞬間、論理は感情へ飲み込まれる。
「彼は己の知を誇示するため、未成熟の術式を漏洩した。
詠唱は神霊との契約を守る“枷”であり、暴走を防ぐための鎖だ。
それを外すならば、魔術は刃を剥くだけの怪物となる」
議員の一人が頷く。
別の議員は眉をひそめたまま沈黙し、第三の議員は無表情で書面を捲る。
決定事項はすでに水面下で整っているとでも言いたげだ。
ラクシアが席を立った。
白衣の裾を揺らしながら、毅然とケイの前に立つ。
「責任は式の不完全な模倣にある。
彼は媒質Φの安定条件を示し、それを遵守した。
弟子は理解なく、外形だけを盗った。
その違いは“知”だ。彼を罰するなら、思考そのものを禁じるに等しい」
議員席に沈黙が落ちる。
だがその沈黙はケイを守るものではなかった。
決断を躊躇しているのではなく、体制の都合を整えているだけ。
議長は重々しく宣言する。
「決議案:ケイル・リヒトナー、停学処分寸前の最終勧告。
研究室は即時閉鎖。未承認術式の開発を禁止。
関連資料は学院の保管下とする」
一条一条、首に縄を掛けるように読み上げられる。
ケイは唇を噛んだ。
痛みはあったが、怒りよりも先に落胆が来た。
議員たちは恐れているのだ。
未知ではなく、未知を理解できる者を。
その夜、学院新聞の号外が寮に貼り出された。
――『理論魔術の暴走 詠唱は安全の枷である』――
紙面の中央には、暴発事故の一瞬を切り取った挿絵。
炎が人を襲う瞬間。
そこにケイの名は、加害者として添えられていた。
寮の廊下で、生徒たちの視線が突き刺さる。
好奇、侮蔑、恐怖。
かつて見向きもしなかった者たちが、今は距離を取りながら噂を囁く。
「やっぱり危険だったんだよ」
「詠唱を捨てたら魂が壊れるって言われてる」
「触るな。巻き込まれる」
ケイは何も言わなかった。
抗弁は可能だ。
理論はある。
再現性は提示できる。
だが――真理が敵に回る時、
証拠は恐怖によって踏み潰される。
ラクシアだけが、夕暮れの研究室前に立っていた。
鍵の封印をかける監査官の背を無言で見つめながら、
ジャーナルに記した数式の束を抱え、ゆっくりと振り返る。
「終わりではないわ、ケイル。
ただ、ここからが本当の戦だ」
彼女の瞳は静かだった。
怒りではなく――理解する者の意志で燃えていた。




