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異世界物理  作者: 南蛇井


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20/48

責任の矛先

暴発から三日後。

学院議会は異例の速度で招集された。


豪奢な円形議事堂に並ぶ議員席は、まるで裁判官の列。

中央に立たされたケイは、被告であるかのように感じた。

足元の冷たい石床が、彼の呼吸を鈍く響かせる。


ディルトン・ヴァヌスは立ち上がった。

声は静かだったが、観衆の耳を確実に支配した。


「危険なのは術者ではない。

 術式そのものだ。

 ケイル・リヒトナーの研究が、我が弟子を死地へ追いやった」


議事堂にざわめきが走る。

被害者の名前を盾に取られた瞬間、論理は感情へ飲み込まれる。


「彼は己の知を誇示するため、未成熟の術式を漏洩した。

 詠唱は神霊との契約を守る“枷”であり、暴走を防ぐための鎖だ。

 それを外すならば、魔術は刃を剥くだけの怪物となる」


議員の一人が頷く。

別の議員は眉をひそめたまま沈黙し、第三の議員は無表情で書面を捲る。

決定事項はすでに水面下で整っているとでも言いたげだ。


ラクシアが席を立った。

白衣の裾を揺らしながら、毅然とケイの前に立つ。


「責任は式の不完全な模倣にある。

 彼は媒質Φの安定条件を示し、それを遵守した。

 弟子は理解なく、外形だけを盗った。

 その違いは“知”だ。彼を罰するなら、思考そのものを禁じるに等しい」


議員席に沈黙が落ちる。

だがその沈黙はケイを守るものではなかった。

決断を躊躇しているのではなく、体制の都合を整えているだけ。


議長は重々しく宣言する。


「決議案:ケイル・リヒトナー、停学処分寸前の最終勧告。

 研究室は即時閉鎖。未承認術式の開発を禁止。

 関連資料は学院の保管下とする」


一条一条、首に縄を掛けるように読み上げられる。

ケイは唇を噛んだ。

痛みはあったが、怒りよりも先に落胆が来た。


議員たちは恐れているのだ。

未知ではなく、未知を理解できる者を。


その夜、学院新聞の号外が寮に貼り出された。


 ――『理論魔術の暴走 詠唱は安全の枷である』――


紙面の中央には、暴発事故の一瞬を切り取った挿絵。

炎が人を襲う瞬間。

そこにケイの名は、加害者として添えられていた。


寮の廊下で、生徒たちの視線が突き刺さる。

好奇、侮蔑、恐怖。

かつて見向きもしなかった者たちが、今は距離を取りながら噂を囁く。


「やっぱり危険だったんだよ」

「詠唱を捨てたら魂が壊れるって言われてる」

「触るな。巻き込まれる」


ケイは何も言わなかった。

抗弁は可能だ。

理論はある。

再現性は提示できる。


だが――真理が敵に回る時、

証拠は恐怖によって踏み潰される。


ラクシアだけが、夕暮れの研究室前に立っていた。

鍵の封印をかける監査官の背を無言で見つめながら、

ジャーナルに記した数式の束を抱え、ゆっくりと振り返る。


「終わりではないわ、ケイル。

 ただ、ここからが本当の戦だ」


彼女の瞳は静かだった。

怒りではなく――理解する者の意志で燃えていた。

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