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異世界物理  作者: 南蛇井


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ディルトン派の動き

魔導学院の中央塔、最上階。

詠唱至上派の本拠とも言える円卓室に、沈黙が渦巻いていた。


ディルトン・ヴァヌスは椅子に腰掛けたまま、長い沈黙の後に吐き捨てた。


「詠唱も手印もなく、火焔を生む?

 ――愚弄だ。神霊に背く異端思想に他ならん」


弟子たちが周囲に身を固めていた。

いずれも選抜された名家の魔術士、脳裏に刻まれたのは儀式と血統の優位。

だが彼らは師の怒りの奥に潜むものを読み取れない。

それは信仰ではなく、支配権の喪失への恐怖だった。


ディルトンは机の上に投げ出された紙束を指で弾いた。

そこには、模擬戦後に誰かが盗み出したケイの実験ノートの断片、

媒質Φ、ΔP、境界条件B……

構造式の一部だけが断片的に転写されている。


「理解など不要だ。形だけで十分だ」


彼の声は冷たい。

魔術は詠唱によって発現する――

それが彼の世界の前提。

式の意味など考える必要はない。

式はただ、儀式を補強する飾りに過ぎない。


弟子の中で最も魔力量の多い青年、ルガド・サラーフが一歩前へ出た。


「師よ、この式……詠唱に組み込めば強化になるのですか?」


ディルトンは頷いた。

それは肯定ではなく、命令としての肯定だった。


「媒質条件など雑種の戯言だ。

 魔力を増幅し、詠唱を重ね、形を真似れば十分。

 結果は必ず我々の側に出る」


弟子たちの顔に安堵が浮かぶ。

それは理解による安心ではない。

伝統へ依存することで得られる、盲目的な安心だった。


特にルガドは愚直な誠実を持っていた。

師を疑う術を知らない青年は、式の意味を知らずに詠唱へ組み込んだ。


「――汝、風の胎動より生まれ、宵の空より流れ、我が掌に集え……!」


魔力が室内を震わせる。

詠唱は冗長。だが魔力量は巨大。

魔術式の断片は媒質の安定条件を無視したまま、内部に組み込まれた。


瞬間、空気が歪んだ。


圧力差は刃ではなく、裂け目となり、

媒質Φは凝縮ではなく暴走へ転じた。


「……っ!?」


弟子たちが叫ぶより早く、室内の壁面が切り裂かれた。

裂断は一直線。二枚刃の鋏で押し潰されたかのように、石材が粉砕される。


ルガドの肩部に、血が細い線を引いた。

切断ではなく摩擦熱による焦げ目。

魔術は失敗ではない――制御不能の成功だった。


ディルトンは口を引き結び、目を逸らした。

理解したのは一瞬だけ。

「媒質条件など雑種の戯言」

その言葉が、自らの弟子を危険へ押し出した事実を。


だが彼は悟りを握り潰す。


「……良い。

 暴走は未熟の証。

 彼の式を完全に掌握すれば、我らが正統となる」


誰も反論できなかった。

重苦しい空気の下で、師の怒りは信念へ偽装される。


――この瞬間より、理解ではなく模倣に依存した派閥の暴走が始まった。

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