表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界物理  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/48

研究班の成立

模擬戦の翌日。

学院中央棟の奥、許可された者しか入れない研究区画で、扉がひっそりと開いた。


「——ここを使いなさい。監査には私が出る」


ラクシア・ヴァレンティナ教授は、手にしていた封蝋書類を机に置いた。

それは研究室独立区画の使用許可。

本来、博士号候補者や王室研究員にしか下りない枠だ。


ケイはその紙面を一瞥し、深く息を吐く。

自分の行為がもう後戻りできない地点に入ったことを理解していた。

理論は机上の遊戯ではない。現象は、見た者の世界観を壊す。


「実験は継続していい。ただし——体系化が必須だ」


ラクシアは指先で研究机を軽く叩く。

魔術師らしからぬ鋭さで、科学者の論理を語った。


「あなたの魔術は偶発的才能ではない。

 境界条件の操作、媒質の応答、外部圧力の反転……

 それらを可視化し、数式に落とし込む。再現性を示すのよ」


ケイはうなずく。

それは、逃げ道を塞ぐ同義だった。

世界に提示するか、闇に葬るか。どちらにせよ責任は逃れられない。


その空間に、扉を叩く小さな音が重なった。


「入ってもいいか?」


風術の若き貴公子、アルノ・フェルト。

昨日、敗北を刻まれたはずの男が、躊躇なく姿を現した。


「俺に手伝わせろ。……あれを理解したい」


ケイは一瞬目を見開き、ラクシアが微かに笑う。

敗者が逃げなかった。それは研究の最初の材質となる。


続いて、白銀の髪を束ねた少女が入室する。

ニア・ベルクロア。触媒術士。

彼女は持参した青色の液体瓶を机に置く。


「媒質Φの凝縮、試しました。

 小規模だけど、エネルギー保持が安定してる」


ニアは淡々と告げる。

彼女にとって魔術は儀式でも祈りでもない。

触媒の密度と反応曲線の問題だ。

ケイの理論を最初に理解したのは、彼女だった。


最後に重量のある足音が響く。

鎧のような魔術防壁を纏った男——バルキス。

筋骨隆々だが、目は鋼鉄の設計図そのものを読むように冷静だ。


「レイピアの防護布を見た。

 切断面、分子配列が揃ってた。

 衝撃じゃない。圧力流によるシア断面だ」


彼は分厚い盾を机に置く。

その表面には、幾層もの殻構造が魔術的に編み込まれている。


「俺は守る。壊される仕組みを理解して、破られにくくする。

 戦場は敵だけじゃない。未知そのものとも戦う」


ラクシアは、そこで初めて「研究班」の名を口にした。


「魔術科学研究班。仮称で十分。

 理論はケイ、媒質はニア、応用はアルノ、防御はバルキス。

 私は統合と外部調整を担う」


彼女はケイに視線を戻す。


「これは革命ではない。まだ萌芽だ。

 だが、いずれ誰かに奪われ、歪められる。

 だから今のうちに“体系”を先に作るの」


ケイは机上の紙に指先を触れた。

そこには未完成の魔術式——いや、物理式が並ぶ。

圧力差ΔP、媒質応答Φ、境界条件B。

魔術ではなく、現象の言語。


研究室の照明が白く輝く。

五人の影が床に落ち、その中心でケイは小さく呟いた。


「……始まったな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ