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異世界物理  作者: 南蛇井


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16/48

ケイの説明(最小限)

アルノはまだ息を吸い込みきれないでいた。

切断された防護布の端が、微風に揺れながら床に落ちる。

観客席のざわめきが波のように広がる前、ケイはただ短く口を開いた。


「真空を一瞬生成すれば、外部圧が刃になる。それだけです」


それだけ。

説明としては余計も不足もない、ただの観察事実の提示だった。


審査官たちは互いに顔を見合わせ、測定器の検針を再チェックする。

魔力反応は限界値すれすれ。器具が誤作動したとしか思えない数字だ。

しかし、観客の目の前で——当事者のアルノの肌の上で——結果は明確に刻まれている。


アルノは震える指で布の切断面をなぞる。

力任せの破砕ではない。魔力による焼損でもない。

鋭利な刃物で、ただ一度、寸分狂いなく通された線。

指先に引っかかりさえない、完璧な滑面。


「嘘だろ……魔力を介さずに……?」


彼は呟くように問い、問いながら理解を拒む。

それは魔術の基本理念そのものに対する冒涜。

詠唱も、魔法陣も、顕現儀式も経ずに成立する破壊。

その存在を肯定した瞬間、自分の十数年の修練が崩れ落ちる。


ケイは答えない。

語る必要も、賛同を得る必要もない。

現象は既に世界に刻まれた。議論は後から追いつく。


ただ一人、ラクシアだけが静かにケイを見ていた。

それは驚愕ではなく、恐怖でもない。

思考が一気に回転数を上げ、未知の理論を脳裏で組み上げ始める研究者の表情。

戦士でも貴族でも魔導士でもない、「理解に至った者」の目。


ケイが視線を返す。

言葉にすれば数式の枝葉になるはずの理屈を、彼は口にしない。

ただ、常識の外側の力学がほんの短時間だけ呼吸した——

その事実だけが、広場に残った。

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