現象発生
アルノの風弾が射線を描き、試合場の空気が唸りを上げる。
観客席が色めき立つ中、ただ一つの異変が静かに訪れた。
風が止んだ。
誰も気付かないほどの瞬間。
音の塊とも言える暴風が、まるで映像のフレームが抜け落ちたかのように消えた。
風弾の螺旋が乱れるわけでもなく、衝突が起きたわけでもない。
ただ、空気の流れが存在しなかった。
次の瞬間――
アルノの身体を守る防護布が、まるで鋭利な線で“なぞられた”かのように裂けた。
一筋の線。
ほんの糸の太さ。
切断は羽毛のように軽く、音すら伴わない。
裂け目は布地に沿って滑らかに走り、
その先端はアルノの肩を浅くかすめて止まった。
「……え?」
アルノは反射的に手で肩を押さえた。
血は出ていない。皮膚は裂けていない。
だが防護布は二枚の板を重ねたかのように完全に切断されていた。
観客席からどよめきが漏れた。
「何だ、今の…?」
「魔力の光もなかった…」
「詠唱してないのに…どうやって…?」
理解が追いつかない。
魔力の奔流も、霊的反応もなかった。
現象の痕跡だけが結果として残った。
ラクシア教授だけが、顔面の筋肉を震わせていた。
彼女の眼は単なる勝敗ではなく、理論の崩壊を目撃していた。
切断面は、炎による焼損でも、風による裂傷でもない。
まるで表面張力だけで構造が二つに割れたかのような滑らかさ。
アルノは後退しながら叫んだ。
「何をした!? 魔術式を見せろ!」
ケイはただ肩をすくめ、静かに答える。
「見せるものは何もありません。
媒質が低いエネルギー状態へ落ちただけです。」
観客は理解不能の沈黙に包まれた。
奇跡ではない。
儀式でもない。
ただの物理現象。
その気づきはまだ誰にも届いていなかった。
だがこの日の出来事は、やがて学院の歴史を二分する境界線となる。




