表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界物理  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/48

アルノ側の通常戦術

開始の鐘が鳴った瞬間、アルノの身体が一気に変質した。

先ほどまで友好的だった青年は消え、詠唱派の優等生としての鎧をまとった。


胸腔に息をため、喉奥で魔力を共鳴させる。

声帯の震えが、空間の媒質へと規則的な紋理を刻みはじめる。


「旋め、風の精霊…我が意に応え、粒子を穿て…《ヴェント・パルス》」


古語の韻律が床の魔術紋に流れ込み、半透明の魔力線がアルノの腕へと収束する。

その光は単なる視覚効果ではない。

観客にとって、それは魔術の正統性の証であり、儀式が確かに進行していることを示す聖印だった。


アルノの掌に、淡く渦巻く球体が浮かぶ。

それは霊力の凝集核――風弾。

空気分子が界面へ吸い寄せられ、乱流成分が消去され、均整のとれた圧縮体となる。


「第一段階完了。行くぞ!」


叫びと同時に、アルノは魔力を一気に押し込んだ。

残光を引く魔力線が空間を走り、霊力→流動体→加速の階梯が視覚化される。

球体が脈動し、内部の流体圧が跳ね上がる。

圧縮空気が震動のまま前方へ吐き出され、射出速度が急激に増す。


観客席から歓声が漏れた。

「これだ!」「風系の中級式だぞ!」

彼らには式の構造が見える。

古語、象徴、魔力線、霊力の反応――信じられる要素の集合体。


アルノは勢いを緩めない。

詠唱を維持したまま、第二段階の増幅へ移る。

球体の外縁にリング状の魔力が形成され、空力境界層が圧縮される。

まるで目に見える加速器だ。

空気の流れが射線に沿って引き裂かれ、風弾の輪郭は針のように尖る。


「落ちこぼれでも、見れば分かるだろ!」

アルノの声は挑発ではなく、確信だった。

魔術は祈りであり、儀式であり、神霊との約束。

詠唱を捨てるということは、柱を抜いた橋を渡る行為に他ならない。


彼はさらに魔力を注ぎ込んだ。

球体の中心が白く滲み、周囲の圧が歪む。

観客席に微かな突風が届くほどのエネルギー密度。

それは詠唱派の誰もが知る――成功の兆候だった。


「終わりだ!」


アルノは風弾を投射する。

圧縮気流が放たれ、射線は直線ではなく螺旋軌道を描いた。

詠唱と霊力の協奏が、空間を切り裂く刃へと転じた瞬間だった。


魔術は、かくあるべき。

観客の心は一つにまとまっていた。


――だが、その前提は、ケイの世界では通用しなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ