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異世界物理  作者: 南蛇井


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社会的衝突

公開演習の噂は、火災のように学院全体へ広がった。

 だが称賛ではなく、腐臭を帯びた憎悪として。


 まずは寮の共有食堂で、低い声が耳に刺さる。


「血統ゴミの癖に」「詠唱もできない雑種が調子に乗るな」

「精霊の怒りで髪が燃えればいいのに」


 彼らはケイルの背中を見ず、正面を向いたまま囁く。

 目を合わせる勇気はない。だが石を投げる手は止まらない。

 群衆の卑小な強さだった。


 次に現れたのは、直接的な手段だった。


 夜、寮室の扉を開けた瞬間、空気が粘ついた。

 壁に刻まれた渦巻状の紋様が、腐った魔力光を放つ。


(魔術妨害刻印……古代式の粗雑な封鎖式だ)


 室内の魔力流通が偏り、温度差が異常に跳ね上がっている。

 気づかず詠唱すれば、媒質Φの振幅が歪み、術式は暴走する——

 殺す気はなくとも、事故死に見せかけるには十分な罠だった。


 ケイルは吐息を抑え、指先で刻印をなぞった。

 ただ一点、式のノード接合部を押さえる。


「媒質の共鳴周波数が違う。……古代式の模倣か。安っぽい」


 紋様が黒煙のように崩れ落ち、床に溶けた。

 燃焼反応すら起こさない。

 ただの未完成な粗造コピーだった。


 翌朝、新たな攻撃が形を変えて届いた。


――学院新聞 第63号――

《詠唱技能の軽視は危険》

《儀式破壊者の模倣は生命を奪う恐れ》


 細かい字で、ケイルの名は出されていない。

 だが読者は誰もが理解した。

 「異端児」を叩くための記事だ。


 講義棟の廊下で新聞を手にした一年生が囁く。


「詠唱なしで魔術? 嘘だよな」

「失敗したら魂を焼かれるって聞いたぜ」


 恐怖と無知は、最良のプロパガンダ燃料だった。


 ケイルは新聞を畳む。

 破らず、投げ捨てず、ただ机に置いた。


「原理を知らないまま恐れる……科学黎明の常だ」


 言い切った自分の声は静かだった。

 だが、胸の奥には鋼のような怒りが沈殿していた。


 理解されないことへの怒りではない。

 未知に背を向けることへの怒りだ。


 夜の寮室。ひとり机に向かう。

 窓から屋外庭園の魔力灯が、体温のような明滅を照らす。


 ノートを開く。数式を記す。

 媒質Φ、転送係数κ、熱ポテンシャル……

 今この瞬間だけは、世界が彼を拒絶しても、法則は裏切らない。


 だが――机に落ちる影はひどく長かった。

 孤立の輪郭は、数式では消えなかった。

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