ボスの正体は……?
「ジェイド!」
レンが不安そうな顔で声を上げる。
「あの……まずはおめでとう。そしてこんな立派な宴を開いてくれてありがとう。……なんか雰囲気変わっちゃったけど、領主様になったんだもの。仕方ないよね」
何とか笑顔を作りながら言葉を紡ぐレンだったが、表情はすぐに弱々しくなっていく。
無理もない。ジェイドがレンに向ける目はあまりに冷たい。
無言の圧力に押し潰されそうになるレンだったが、覚悟を決めて前を見据える。
「ジェイド、話をしてよ! 宴の最中に無粋なのかもしれないけど、今までの事、これからの事、何を思っているか、何を感じているか……全て話して欲しい! あの頃みたいに! ……ボクは不安で仕方ないんだよ。お願いだ。そんな冷たい目で、見ないで……」
最後は消え入りそうな声だった。
ジェイドはそれを見て、微笑を浮かべる。
「おやおやこの豚は、一体誰に許しを得て発言をしているんだい?」
優しく、諭すような口調とは裏腹に、ジェイドの言葉は突き放すようなものだった。
信じられないといった顔のレンの周りに、一気に大量の魔力が集まってくる。
「か、は……っ!」
とても人が生きていられないその濃度に、レンは膝を突いた。
息を荒らげながら、ジェイドを見上げる。
「ジェ、イド……?」
「ほう、殺すつもりで圧をかけているんだが……なるほど、これが『ノロワレ』というものか。……えぇっとキミは確か、レンとか言ったかな? 毒を吐く『ノロワレ』だね」
ジェイドはまるで珍獣でも見るような視線をレンに向ける。
「それにガリレア、タリア、バビロン、クロウ……うん、皆ジェイドが従えていた者たちだな。思い出してきたよ」
順に視線を送るジェイド、見ればガリレアたちは既に倒れ伏していた。
先刻集めた魔力の余波に当てられたのだろう。
死んではいないが意識を失っている。
「み……んな……? ジェイドっ! 何を……言ってるの……?」
仲間を、それどころか自分の事すら他人事のように喋るジェイドに、レンは混乱しているようだ。
ジェイドは……否、奴は人ではない。
奴は狼狽えるレンを見て、可笑しそうに笑う。
「アッハッハ! ……そうかそうか。そうだよね。何も分からぬまま消えていくのも不憫だよねぇ。いいだろう、興も乗ってきたし教えてあげるよ。今一体何が起きているのか、をね」
奴は口元を歪め、言葉を続ける。
「――キミたちを従えていたジェイドは死んだ。僕が殺してその身体を奪ったのさ。その能力、記憶も当然僕のものだ。先日送った手紙の内容を見れば理解出来ただろう? あれは僕の身体に残留するジェイドの記憶を使って書いたものなのさ。どうだい、筆跡までちゃんと同じだっただろう?」
「う、嘘だ!」
「嘘じゃない。というか……くっくっ、それが真実だとキミ自身も理解しているんじゃないかい? だからそんな青い顔をしている」
「……ッ!」
青ざめた顔で唇を噛むレンを見て、奴は愉しげに目を細める。
身体を乗っ取った……ということはこいつ、魔人か。
魔人は実体を持たぬが故、人などの身体を乗っ取り自らのものとする力がある。
「ちなみにもはやどうでもいいかもしれないが、手紙の内容は本当だよ。ジェイドはここの貴族の三男坊で、邪魔な親兄弟を殺す為にキミたちを利用した。ひと段落ついた辺りで呼び戻そうとしていたのも本当らしい。だがその前に僕が現れたのさ。彼は非常に変わった『ノロワレ』でね。僕はそれが欲しくて遠路はるばるここまで来たんだよ。色々抵抗もされたが……まぁこの通り。ジェイドは僕となった」
「そんな……っ!」
レンの瞳が絶望の色に染まる。
「そうそう、ジェイドは僕が眠っている間にキミたちの名を語って事件を起こして回っていたそうだねぇ。恐らくだが自分の仕業に見せかけて、キミたちをここから離れさせようとしていたんじゃないかな? いやぁ、泣かせる話じゃないか。消えそうな最後の意識を振り絞り、仲間を逃がそうとしていたなんてさ。……だがそれは叶わなかった。もはやジェイドの意識は完全に僕の中に沈み、この身体は完全に僕のものになったんだよ。アハハハハハ!」
奴はそう言うと、大笑いを始めた。
兵たちも釣られて笑う。
「はははははははははははははははは!」
奴が手を挙げると、兵たちは笑うのを止めた。
「ちなみにこの兵たちは魔界より連れてきた配下の魔人たちに身体を乗っ取らせた。折角ここまで来たのだし、能力の試しがてら国の一つ二つ潰して帰ろうと思ってね。今日はその前夜祭というわけさ」
「戦争を……するつもり、なの……?」
よりにもよって戦争潰しを掲げていたジェイドに、レンたちに、それをやらせるつもりなのか。
レンは悔しげに奴を睨みつける。
噛んだ唇からは血が滲んでいた。
「そうだ。血沸き肉躍る、殺しの宴だ。喜べ、キミたちも参加できるのだからね。アハッ!」
奴はマントを靡かせ、袖を捲り上げる。
その細腕には黒い人面が幾つも浮かんでいた。
「さて、本題に入るとしよう。キミたち『ノロワレ』を呼んだ理由はただ一つ、その身体だ。魔人と『ノロワレ』は非常に相性が良くてね。よい戦力になるのだよ。魔界より連れてきた僕の配下である魔人の依り代となってもらうとしよう! ハハハハハハハハ!」
再度、奴は大笑いする。
絶望に顔を伏せ、膝を折るレン。
そんな中、奴と俺の目が合った。
「おや、キミは……何故僕の圧を受けて平気な顔をしているのかな? 頭が高いぞ。跪き給え」
奴はそう言って周囲の魔力を俺へと集めていく。
更に濃い魔力が俺を中心に渦を巻く……が、特にどうということはない。
いくら周囲の魔力圧を上げても、自身の魔力濃度が高ければ何の影響もないのだ。
「ふむ……これは驚きだ。通常の人間であれば一瞬にして挽肉になる圧力をかけているのだぞ? キミは一体なんだ?」
「ただの王子さ。第七のね」
「第七王子……あぁ、少しだけ聞き覚えがあるね。確か名はロイド=ディ=サラーム。王子でありながら凄まじい魔術の才能を持ち、しかも努力を惜しまない変わった人物だとか。独自の魔術研究を幾つも行なっており、しかもその対象は非常に多岐に渡る。ジェイドがとても会いたがっていたよ。彼も自身の能力を制御する為、魔術を研究していたからね。話を聞きたがっていたそうだ」
「奇遇だな。俺もだよ……だが貴様に無にされた」
「残念無念♪」
可笑しそうに笑う奴を俺は睨みつける。
野郎……せっかくジェイドという貴重な人材を得る機会を奪いやがって。
魔術にも能力にも造詣の深い彼に会って話が出来れば、能力の新たな使い道や魔術との組み合わせが生まれたかもしれない。
その上戦争だと? そんな事をされたら俺の知らない貴重な人材が死ぬかもしれないじゃないか。
人の国で勝手な真似をしてくれる……いくら研究し甲斐のある魔人だからって許さんぞ。
「……確か魔人は大量の魔術をぶつければ倒せるんだったな」
魔人には魔術は効かないが、発動の際に起きる衝撃波などで微小なダメージを受けるそうだ。
故に高速で大量の魔術を当てれば、問題なく倒せるのである。
「むっ!?」
俺は奴の身体を結界で覆うと、その中に大量の魔術を仕込む。
そして、発動。
どどどどどどどどど! と結界の中で無数の魔術が発動する。
奴は連続して巻き起こる爆煙に飲まれた。
数十秒、撃ち続けただろうか。ゆっくりと煙が晴れていく。
「……ふむ、確かに凄まじいまでの術式展開量。速度、威力共に申し分ない。キミほどの魔術師はそうはいないだろう」
煙の中から奴が姿を現す。
その身体は霧が集まったようなもので、実体はない。
やはり魔人……しかし俺の魔術が効いていないとはどういう事だろうか。
思考を巡らせていると、ふと手のひらが小刻みに震えているのに気づく。
「ヤベェ……何故こいつがこんな所に……!? あ、ありえねぇ……!」
「どうしたグリモ」
「すぐに逃げたほうがいい。ロイド様、奴は魔人じゃあねぇ……魔族だ!」




