乱入者
「お、ようやく炎が収まってきたな」
しばし水を浴びせていると、火柱が収まってくる。
それでも火球の当たった箇所は真っ黒に煤けており、その辺りの空間は大きく歪んでいた。
「いやはや、尋常じゃねぇ威力でしたな。これなら神もたまらねぇでしょうぜ」
「天使である私としては少々複雑ですが、今となっては神より何よりロイド様でございます」
「ふむ、だが少々やり過ぎたなロイド。辺り一面真っ黒こげになってるぞ。はっはっは」
白煙の上がる中、真っ黒になって転がっている神。
グリモたちはそれを見て勝利を確信しているようだが――
「いや、思ったより効いちゃいないよ」
見た目的には多少グロいが、その内部では魔力が力強く脈動している。
多少崩れた空間も修復、維持しているし、致命的なダメージはなさそうだ。
「くく、ふはははは……」
笑い声と共に悠々と起き上がる神。
黒焦げの部分が剥がれ落ち、中からは無傷の神が現れた。
「馬鹿な……あれだけの炎で無傷とは信じられねぇですぜ!」
「これが神……天界を統べる唯一神だけはあります」
「天界の術は防御と回復に優れるというが、ここまでとはな」
グリモたちが息を呑む中、神は肩を震わせて笑う。
「ふふっ……余が生きているのはロイド、お前が手心を加えてくれたからだよ。全力で撃ち抜いていれば危なかったやもしれん。全く、あまりに強すぎる。ここまでとは思わなかったぞ。様子見をするだけのつもりだったが、危うくそのまま死ぬところであったわ。これ以上戦うのは危険すぎるな」
「何を言い出すのかと思えば、降伏宣言でもするつもりか? まぁ俺としては融合を解いて貰いたいだけだし、拍子抜けではあるが戦いを止めるのはやぶさかじゃないが」
俺の言葉に神はくっくっと笑い始める。
「……降伏? 降伏だと? ふふ、ふはははは!」
やがて我慢できなくなったように大笑いし始めた。
何もない空間内を神の不気味な笑い声がこだまする。
「降伏などするはずがなかろう。確かにお前は強いが、余もまた真の力を残しているのだよ」
「真の力、だと……!」
今の俺の火球を見て、受けた上でそんなことが言えるとは、一体どんな力を残しているのだろうか。ちょっとワクワクしてきたぞ。
「なんで目を輝かせてるんですかねぇロイド様よぉ……」
「いつものことだ。しかしただのハッタリではないでしょうか」
「うむ、奴に余力があるようにはとても思えんが……」
グリモたちの言う通り、先刻の火球を受け止めた時の神はどう見ても全力だった。――故に期待してるのだ。
戦闘というのは基礎能力が高い方が圧倒的に有利だ。
弱い方は工夫を凝らし、搦め手を重ねて戦わなければ勝機はない。
上位魔族やベアルとの戦いでは基礎能力で劣る俺は、多種多様な手段を使わざるを得なかったからな。
それはそれで楽しかったが……こらそこ、白い目を向けてくるんじゃない。
――ともかく、単純な戦闘力が劣る相手でも、戦い方によっては格上相手にも勝機はあるのだ。
神がどんな手を使うつもりなのか、楽しみである。
「くくっ、余の言葉に目を輝かせるとは本当にイカれているな。――本来ならたかが人間を相手に使うのは憚られる程の力だが、お前相手には何の躊躇はない。成長する前に殺せることを、心の底から幸運に思うよ」
「御託はいい。早く見せてくれ」
「慌てずともすぐに――」
神の言葉を遮るように、ぱきんと空間が割れていく。
ひび割れた空間の先から現れたのは――聖王だった。
「あ! いたいたロイド君ー!」
相変わらず能天気な声を上げながら、聖王は割れた結界内に足を踏み入れてくる。
「よいしょ……っと。いやー、参っちゃうぜホント」
ポキポキと首を鳴らし肩の凝りをほぐしている。
聖王の衣服は汚れ、随所が破れたりほつれたりと痛んでおり、激戦を繰り返した直後のようだ。
「それなりに手間取りはしたけれど……天界64神全部説得し倒して、無事最上階まで登ってきたぜっ! 次はあんただ!」
びしっと神を指差す聖王。
そういえば宮殿の最上階にいるから天界64神を倒して昇ってこい、とか言ってたっけ。
律義にそれを守って昇ってきたのか。しかも説得し倒しって……一体どうやったんだよ。
「全く苦労させられたよ、一階層ごとに3人も番人がいるんだもの。血気に逸る彼らの攻撃を無効化しながら語りかけ、相手が力尽きるまでそれを続ける。それを二十階連続、その上最後は4人同時ってさぁ……流石の僕も疲れたが、これも平和主義者としての義務だよねっ!」
マジかこいつ、説得……というか自分から手を出さずに力尽きさせたっていうのか。はっきり言って正気とは思えない。
「絶句、ですな。天界64神って言えばそれなりに強ぇ奴らですぜ。そいつら相手に攻撃せず倒しちまうとは……」
「それなりどころではない! ロイド様だから瞬殺できたが天界では屈指の強者揃いだぞ! 人間には一対一で倒すことすら困難なはずだ!」
「ま、戦いが嫌いとかいう自分の言葉を曲げない辺り、人間の割には多少見どころがあるかもな」
グリモたちも驚いているが、俺ははっきり言って呆れてしまう。
俺も攻撃をわざと喰らうくらいはするが、相手が思い通りに動かないことはザラでつい手が出てしまうものだ。
なのにそれを連続64回も……一体どれだけ辛抱強いのやら。……ま、それくらいじゃなきゃ聖王なんて務まらないのかもな。
「しかも階段もやたらと長いし、ようやく登り切ったと思ったら速攻で次が襲ってくるんだもの、休む暇もありゃしない。ゲームじゃないんだから少しはやり方ってのがあるだろうよ。僕じゃなけりゃあ死んでたね。……だがもう終わりだぜ神サマ! あんたも僕が説得し倒してやるから覚悟するんだな!」
ビシッと神を指差す聖王だが、俺はふとした違和感に気づく。
神が最上階を目指させたのは天界最下層にあるここから遠ざける為だろう。
俺が空間転移で無理矢理ここへ来た時は驚いていたし、間違いあるまい。
だがなら何故、最上階にいた聖王が今ここにいるのだろうか。
「……なぁ聖王、どうやってここに来たんだ?」
「ん? そりゃ最上階に着いたけど何もなかったから、とりあえず身体を休めてたんだよ。そうしたら急に空間に穴が開いて、足を踏み入れたらここに――」
聖王が言葉を止める。気づけば空間の白かった部分は徐々に剥がれ落ち、その奥からは漆黒の闇が現れる。
「わっ! な、なんだぁ!?」
どぷん、と闇に引き込まれる聖王。それは俺の足元にも及んでおり、ずぶずぶと飲み込まれていく。
純白だった空間は完全な漆黒となり、泥のようになっていた。
「ななな、何が起こってんだクソ天使っ!? 天界のことはお前の管轄だろうがよっ!」
「私が知るか馬鹿魔人! ……だがこの泥からは禍々しいオーラが発せられている……気をつけて下さいロイド様!」
困惑するグリモとジリエル。そんな中ベアルが心当たりでもあるのかのように神妙な顔をしている。
「まさか……いや、だがそうとしか考えられん……しかし本当にそんなことが……?」
「何かわかるのか? ベアル」
「うむ……信じがたいことだがこの泥からは上位魔族の持つ特有の波長を感じる……! 決して天界の者には持てない、闇の波動よ」
「つまりあの神は魔族なのではないか、と?」
重々しい表情で頷くベアル。
「か、神が魔族ですと? そんなことありえるハズがありません!」
「だが言われて見りゃあ、確かに魔族っぽい雰囲気を感じるぜ。しかもベアルの旦那に近いような……わぷっ!」
気づけば胸の辺りまで泥は浸食しており、聖王の全身が闇に沈んでいた。
この泥、それ自体が意志を持つ魔力体のようだ。
その侵食速度は異様に早く、あっという間に俺たちを飲み込んでいく。




