ヤバいことになりました
「ええと……ロイドよ、何やら妙な発言が聞こえた気がしたのだが……」
「だから俺が代わりに融合してやると言ってるんだが」
その『融合』とやら、実に興味深い。
グリモたちにやらせるには勿体無いというものだろう。
魔力体同士で互いに混ざり合うことでより強い存在となる……どうせなら実際にやってみたいからな。うんうん。
「何言ってんすかロイド様ぁぁぁ! 人間と魔族が融合とか出来るわけないでしょ! どうなっちまうかわからないんですぜ!?」
「そうですよロイド様! 幾らなんでも危険すぎます! というか流石に出来ないのでは!?」
「やってみなけりゃわからないだろ。それに俺自身が融合するってわけじゃないぞ」
そう言って手をかざすと、魔力を集中させていく。
作り上げるのは俺自身の魔力体だ。
四天王たちとの戦いで魔力体をコントロールする方法は覚えたからな。今では一からそれを作るのも難しくはない。
「お、おお……ロイド様そっくりの魔力体が出来ちまった……しかもこの強さ、四天王クラスはありやすぜ」
「しかもこの感じ、あの魔族の魔力波長と瓜二つです! しかしロイド様は奴のことは微塵も憶えておりませんでしたよね!?」
確かにヴィルなんとかのことは完全に忘れていたが、一応初めて戦った四天王だからな。じっくり中身を観察したからよく憶えていたのだ。……ガワは覚えてないから俺になってしまったけどな。
魔曲作りで魔力波長を読み書きする方法も覚えたし、動かさなくていいならこれくらいはそう難しくはない。
「いやいや、魔力で出来てるとはいえ俺たちの身体は人と同じくれぇには複雑だ。魔力の構造、循環の具合、その他諸々俺ら本人にすらよくわからねぇのによ、観察したからってそう再現できるもんなのかぁ?」
「否、魔術の申し子たるロイド様だからこそで可能なのだ。術式に対しての理解は魔力体への理解と通じる部分があると聞いたことがあるし、自身で人工生命すら作り出せるロイド様なら、自身の魔力体を作るくらいは容易いのかもしれません」
ベアルは俺の魔力体をじっと見つめると、うむむと唸る。
「ふぅむ……流石はロイドよ。ここまでヴィルと似た魔力波長であれば、確かに融合も可能であろう」
「だったら早速!」
「しかし融合は魔力体同士を強く結びつかせる禁術の一つ、ひとたび我と融合すればその魔力体は我が身体と完全に一体化し、二度と元には戻れんぞ? それでも良いのか?」
「何か問題でもあるのか?」
「それはお前……仮初とはいえ自分で作った命だぞ? 愛着の一つくらいあるであろうが」
「別に……」
信じられないといった顔で絶句しているベアルだが……俺、何かおかしいことを言っただろうか。
魔力は魔力でしかないと思うのだが。
きょとんとしているとグリモとジリエルが各々ベアルの肩を叩く。
「ベアルの旦那は知らねぇかもしれねぇが、ロイド様はこういう人なんですぜ」
「えぇ、人知の及ばぬお方なのです。まともな反応は期待せぬ方がよいでしょうな」
……なんだかひどい言われようだが、それより融合の方が大事だ。
「というわけだからやってくれ」
「う、うむ……そういうことなら……」
不承不承といった顔のベアルだったが、ようやく納得したようで融合を始める。
「と、とんでもねぇ魔力量ですぜ……今までのベアルの旦那でも凄まじかったがこいつはまさに異次元、圧倒的魔力の奔流でさ!」
「えぇ……これが魔族の融合……我々天使にも似たような術はありますが、これとは比べ物にもなりません。こんな分厚い魔力を纏えば、そりゃあ魔曲も効かないでしょう!」
あっという間に膨れ上がる魔力は凝縮され、また人の形を取り始める。
姿は妙に俺に似ているが、悪魔のように角と尻尾が生え、身体を覆う黒い刺青のような模様が刻まれていた。
「くくく……ふはははは! なんという力だ! 笑いが止まらぬとはこのことよ! 四天王全員と融合したとてここまでの力は得られまい! これがロイドの魔力体か! 凄まじすぎるぞ! ふはーっはっ――」
突如、ベアルの笑い声が止まる。がくりと膝を折り、蹲った。
「が……ぁ……ッ!? な、何だ……何かが……身体に入ってくる……こ……れは……ッ!?」
もがき苦しむベアル――俺もだ。
何かに無理やり押し込まれるような感覚。気持ちが悪い。息が苦しい。視界がぐるぐる回っている。
……しばらくして、ようやくそれが収まった。
「いたた……なんなんだ今のは一体……」
起き上がってみるがどうもおかしい。
力の入り具合がよくわからないというか、まるで自分の身体を動かしてないような感覚である。
声まで違って聞こえるし、視界もなんだか変だ。
「ん、目の前で誰かが倒れているぞ?」
どこかで見たような後ろ姿だが……
「ロイド様……ちょ、そいつは一体どうなってるんですかい!?」
「どうしたグリモ、何かあったのか?」
「かかか、鏡をご覧ください! 自身のお姿を!」
「?」
言われるがまま部屋に供えてあった鏡に目を向けると――そこに映っていたのは、いつもとかけ離れた俺の姿であった。
額には角が生え、肌も浅黒くなっている。挙げ句の果てに尻尾まで……
「な、なんだこりゃあ? 一体何が起こってるんだ!?」
しかも床に横たわっているのは俺本来の身体だ。
触ってみるが反応がない。意識がないようだ。
そりゃまぁこっちの身体に居るんだから当然と言えるが。
「うぉいロイドよ!」
「わ、びっくりした」
突如、身体の中から響く声。ベアルだ。
「先刻、お主の意識が我を侵食する感覚があったぞ! 一体何をしおったのだ!?」
「いやぁ、特に何もしてないつもりなんだが……」
「大丈夫ですかいロイド様。なんだか身体が変わっちまったようですがよ」
「ロイド様の魂が抜け出たように感じました。それに付随するように我々も……これは一体……」
グリモたちもこっちの身体に移っているようだ。全員が困惑している。俺も何が何やらだ。
「どうやらロイド君の意識が丸ごとベアルの身体に入ったみたいね」
またも身体の奥から聞こえてくるのは、コニーの声。
身体の中から声が響きすぎる。カオスだ。
「ロイド君てば分析する為に作り出した魔力体に意識を共有する術式を組み込んでいたでしょう。そのせいで融合時に意識が引っ張られ、融合先へと移ったんだと思う」
「思いっきりやらかしているではないかっ!」
すかさずツッコミを入れてくるベアル。
そりゃ融合なんて面白そうなことをするんだし、どういう状態なのか知りたかったからそれくらいするだろう。
「だがあくまでも組み込んだのは共有術式だけだぞ。それごと融合したとしても本来ならベアルの方に身体の優先権があるものじゃないのか?」
「それだけお主という存在が強大なのだ。融合は魔力体、即ち術式も意識も何もかも一体化するが故に凄まじい力を生み出すからな」
言われてみれば単純な意識の共有とは違った一体感がある。
それにしても術式から俺の意識まで引きずり出すとはとんでもないな。どれだけ強力な結合なんだか。
「……しかし参ったな。一度融合した魔力体は分離不可能だぞ」
「そう言えばそんなこと言ってたっけ……あ!」
ようやく事態の大きさに気づいた俺の背筋が凍る。
なんてことだ。非常にマズいぞこれは。
「ふん、その通り。これから我とお主は一心同体、何をするにも常に一緒なのだ。魔族と人が一つの身体なぞ、お互い色々と面倒であろう。……だがまぁ、我は別に構わん。お主と一緒なら退屈もせんだろうしな」
頬を掻きながら照れ臭そうに呟くベアルの横で俺はポツリと呟く。
「アルベルト兄さんたちにバレたらどうしよう……」
「って心配するところはそんなことかぁっ!」
そんなことってなんだ。俺にとっては大ごとなんだぞ。
毎日シルファたちが俺の面倒を見に来るし、アルベルト兄さんたちもしょっちゅう世話を焼いてくるのだ。
有難い面もあるとはいえ、正直ちょっと……いやかなりうっとおしい。精神的に重いのだ。
俺がベアルと融合してこんなことになったと知られたら、どういう反応をされるかわかったものではない。
泣かれるか怒られるか、何にせよ面倒なことになるのは確実だろう。
最近はそれなりに信頼を得ていからか自由にさせて貰っているが、厳しい監視をされるようになるのは確実。そうなればまともに魔術の研究が出来なくなってしまう。それは困る。
「とにかく何とかして融合を解除せねば」
「お、おい融合の解除は出来んと言って……」
ベアルの言葉を無視して体内に意識を集中させていく。
探すのは魔力体内部の綻び、きっとどこかにその繋ぎ目があるはずだ。
それを探して見つければ……、……、……くっ、駄目だ。見つからない。
しかし魔力粒子一つ一つがまさに融合する感覚はまさに生命の誕生を思わせるものだ。まさに奇跡、素晴らしい。
「……って感心している場合じゃない。そうだ。なければ無理やり作ればいいんだ」
魔力体と言えど全ての魔力濃度が完全に均一というわけではない。俺やベアル、コニーにグリモとジリエル。更には四天王とこれだけの存在が混ざり合っているのだ。
必ずどこかに隙間はあるはず。探していると……見つけた。ここが最も弱い部分だ。そこへ意識を集中させる。
この手の作業はイメージ力が大事だ。体内に俺の意識が囚われているとして、その部分を引きちぎる感じで……よいしょ。
ぶちっ、と何かが欠落する感覚。
強い痛みと喪失感。片足をぶった切られたらこんな感じなのだろうか。
それでも成功はしたようで、俺の中から何かがずるりと出てくる。
黒い魔力の塊が次第に色と形を取り戻していく。出てきたのは――コニーだった。
「あ、あれ……私……」
不思議そうに辺りを見渡すコニー。
目を丸くするコニーだが、驚いているのはこっちだ。
一番繋がりが弱い部分を切除したつもりだったが、最初からベアルと繋がっていたコニーが出るとは想定外である。
「コニーは唯一実体を持つ人間だからであろう。ちなみに現在最もこの身体を占有しているのはお主だぞロイド」
「……参ったな」
ってことはこれ以上の繋ぎ目はないってことだ。
実際やってみたらすごい痛かったし、これ以上切り離すのは難しいな。
「仕方ない。別の方法を探す必要がありそうだな」
「いや、無理だと言ってるのだが……」
「ロイド様に無理って言葉はむしろ逆効果ですぜベアルの旦那。この人は俺らの遥か想像の先を言ってるんだからよ」
「むむむ、確かにロイドなら何とかしてしまいそうな気もするが……いやしかしなぁ……」
グリモとベアルが何やらブツブツ言ってるが、何か方法がないかと考えるのに忙しくそれどころではない。
……いやでも折角だからこの身体の実験もしたいよな。魔力体を実際に扱える機会なんてそうないだろうし。
「ロイド様、邪念が漏れておりますよ」
「おっとそうだった」
いかんいかん。真面目に対策を考えないとな。皆がフェスの疲れで寝静まっている今がチャンスなのだ。
実験は落ち着いてからでも十分である。誰かに気づかれる前に――
「ロイドー? あ、ここにいた」
なんて言っている間に扉を開けて入ってきたのは、メイド姿のレンだ。




