97 儀式 (後編)
「アリス様ぁ……!」
「でもでも、ほんとにいいんですか……?」
イヴァン様がぐしゅんと鼻をすすり、フレッジ様が涙目で問いかけてくる。
「構いません。むしろ、これを持つ仲でいて欲しいという私からのお願いでもあります」
そう言って微笑むと、はにゃ~!とかはぅん~!とか、なんとも可愛らしい泣き声や喜びの声が上がった。
フレッジ様の言いたいことはわかる。私もこういう物理的な「会員証」みたいなものを作るのはリスキーだと分かってはいるのだ。
これは、獣人をかなり懐に入れているというか……贔屓していると思われても仕方の無いものだ。
でも、そう思われてもある程度構わないと私は思っているし、お父様とお母様にも了承は貰っている。
だって。
……噂を気にせず、学園で真っ先に私に懐いてくれたのは、彼らなのだから。
頬を染め、涙目で震えるケモっ子達の反応を見て、企画してよかったなと少し安堵の息をつく。
オルリス兄様と、よし、と顔を見合わせた。
「じゃぁ……早速、始めようか」
そう言ってふんわりと微笑んだオルリス兄様の雰囲気が、次の瞬間に少し変わった。
そして用意しておいた作業机に並べた道具の前へ、静かに進みでる。
「まずはどんな風にやるのか、お手本を見せるね」
言い切ってから一度、ゆっくりと深呼吸したオルリス兄様は、目を閉じた。
纏う空気がすうっと変化していく。その変化は部屋にいるもの全員に感じ取れるほどのもので、一斉に真剣に、静かになった。
……弱々しくも優しげなオーラは、凛と張り詰めたものに。
瞬きした次の瞬間には、周囲を気にする受け身の雰囲気は精霊に指示を出す側……支配者的なものへと一瞬で切り替わった。
この、言ってみれば“魔術師モード”になったオルリス兄様は家で数回見ているが、何度見ても惚れ惚れとする変化だ。
眼差しは凛として、表情は冷徹さを感じるほどキリリとして。……正直言って、めちゃくちゃかっこいい。ギャップ萌えってやつだろうか。
オルリス兄様って普段はふにゃふにゃしててオドオドしてるけど、やっぱ、金薔薇のイケメン攻略キャラなんだよなぁ……と痛感させられるのだった。
さて、机の上にはいくつかの霊草と、蝋燭、水盆、そして魔法陣の描かれた羊皮紙が並べられている。
その魔法陣の上にポプリを置いたオルリス兄様は、詩を歌うようにして呪文を紡ぎ始めた。
「“ばらばらのものどもの統一なりて、内に霊妙なる力宿り”」
静かなその声と共に、オルリス兄様から溶け出すようにして空間に溢れ出た魔力が、魔法陣に光を灯す。
その瞬間、今度はまるで自分が世界から隔絶されたかのように、周囲が暗く感じた。
それが目の前の現象に惹き付けられているからそう感じるのか、それとも実際にそうなっているのかはわからない。しかし、強く惹き付けられる。
淡く白い光を立ち上らせる魔法陣の光は、今この瞬間だけ、この世で唯一の光源のようにすら思えた。
「“世界よ、何故口を開かざるか。統一されざるもの、偉大なる統一の元となるべし”」
語りかけるように低く美しい声を紡ぐ兄様。
流れるような動きで霊草の束を蝋燭の火の上に掲げると、それは火の力ではない何かによって煙の様に分解され、ふっと消えた。
そして腰に携帯していた自身のアサメイを引き抜くと、魔法陣の前で騎士のように真っ直ぐに構える。
「“北へ吹く東風。南を向く水。火をもって破壊されるものあまた星辰の間に昇る。……おのれを動かすものの運命を左右すべし”」
オルリス兄様が強くそう言い切った瞬間、ぶるりと体が震えた。
うまく言えないのだが……、なんと言えばいいのか、目の前で何かが、本来の性質とは違うものに書き換えられるのを感じたのだ。
そう感じたのと同時に、水盆から水が消えているのに気づく。
まるで初めからそこには何も無かったかのようなそれに目を瞬かせると、今度はポプリを乗せた、魔法陣が描かれた羊皮紙がごうと燃えた。
あっ、と声を上げる間もなく炎は消え。
気付けば、机の上にあるのは火の消えた蝋燭と、ポプリだけ。
「完成だよ」
ふにゃんと柔らかい声にハッとすれば、自習室はいつもの明るい部屋に戻っていた。
かっこいいオルリス兄様&魔術でした~。お話は大きく動いてませんが、こういうの書きたかったのです




