96 儀式 (前編)
入室してきたオルリス兄様は相変わらず美しかった。
陽の光を透かした髪が、さらさら、キラキラと輝き。
俯きがちな顔は神様が丁寧に作ったんだなぁと感じさせる精微な作りで、やや女性的ですらある。
「はぁぁん……相変わらずお美しいですわ……」
マチルダが賞賛の声を上げる。
うんうん分かるよ。ほんと美人だよねオルリス兄様。
ちなみに室内にいるケモっ子達の反応はというと、「ほぇ……?!」という顔で口を開けてフリーズしていた。
「ぇ……と、アリス。その……」
コニーに導かれるままにこちらにやってきたオルリス兄様は、不安そうに私の手をきゅっと握った。ちびっ子達に対してもコミュ障を発揮してそわそわきょろきょろしている。
その気の弱い転校生みたいな動きは、とてもお誕生日会の時にヴィル兄様を心配して馬をかっ飛ばしてきた人と同一人物とは思えない。
いけないと思いつつ、ついつい可愛くてニヤニヤしてしまった。
「はわぁ…………よ、妖精さん?」
「妖精さんみたぁい!」
「すんごく安心する匂いがする……!」
ようやくフリーズから解けだしたケモっ子達がふわわっと歓声を上げだす。
むふふ……やはり。と、私はにんまりした。
精霊にヤンデレされるほど好かれる兄様は、獣属性のあるケモっ子達に好かれると思ったんだよね。ファンタジーの王道だよね。
なんていうかこう、違う異世界に行けばオルリス兄様って「精霊と魔獣に好かれる最強聖女」的な主人公になれそうな感じするし。男だけど。
さてさて、その歓迎の気配を感じ、そわそわしていたオルリス兄様の肩から力が抜けたのが分かった。よしよし。
ヴィル兄様やちびっ子側近ズも安心した顔をしている。
「とっても可愛い子達だね、アリス……」
ふわりと笑ったオルリス兄様は、安心したことでここに来た目的を思い出したようで。
少しキリッとした顔を作った。
「ぇ、と……。コホン。僕がここに呼ばれたのは、訳があります」
そうみんなに向けて切り出したオルリス兄様は、懐から小さな物体を取り出した。
「これは、まだ何の魔術付与もしていないポプリ。これと同じものを人数分、アリスが用意しています。……えと……だよね?アリス」
キリッと喋っていたものの、人前で長く喋るのはまだちょっと不安らしく……こちらにすすっと戻ってきたオルリス兄様。
それにむふんと笑顔で頷き、私も口を開いた。
「はい! 私が人数分、手作りで用意しました。これを、今からオルリス兄様に教えていただく魔術付与で“お守り”にして、みんなに持っていて貰おうと思います」
「お守り……?」
各方面の頭上に、「なぜに?」というハテナマークが浮かんでいるのが見える。私は説明を続けた。
「危険を避けるために、守護の魔道具を持つ習慣は各地にあると思います。理由のひとつはそういった意味合いです」
なるほどと頷いた面々もいれば、ふぅん?とよく分かっていなさそうな子もいた。
こちらの世界では、魔法という人の手で作り出せる超常現象があるせいか、「神様のご利益のあるお守り」だとか、「心のより所としてのお守り」という漠然としたものはあまり売られていない。
それよりは、オルリス兄様がヴィル兄様に持たせたような具体的な守護の魔術具(お守り)の方が多く存在するが、そういった物は本来高級品に入るためやはりポピュラーではないのだ。
「お守りを持つ目的は、もうひとつ。……それは、仲間である証です。私、アリス・リヴェカ・オーキュラスが守護する者であり、私と共に歩むものという証」
それを聞いて、ケモっ子がぴくりと反応した。
その中でもイヴァン様とフレッジ様、そして何人かのケモっ子が驚いた表情をしている。
……うん。まぁ、説明が必要だよね。
実は、この何人かのケモっ子。……かなり、ガブリエラ陣営に虐められてたみたいなんだよね。
主犯は、ガブリエラの指示を受けた側近。
ニコラスとキルシェというやつ2人だ。
それが発覚したのはつい最近で。獣としてのプライドが高いためか、虐められてることを徹底的に隠してたんだけど……ついに、軽いとはいえ怪我するような事態になり。
それがイヴァン様とフレッジ様というダブルリーダーにバレ、怒り狂っていた2人の騒ぎを私が聞きつけてバレ。という流れだった。
相手から言われる言葉は、男爵までにしかなれない獣人を身分の低いものだと貶めるものから、動物臭いだなんだと事実無根なものまで。(念の為言っておくとケモっ子は太陽の匂いがする)
さらに、「バカで間抜けな獣人を重用しているアリスはバカ」的な、いわゆるアリス派閥をコケにする流れだったそうで。そう言われる度に、私のグループを抜けなければ迷惑をかけるんじゃないか……でもさみしい、嫌だ、どうしようと葛藤して泣いていたそうだ。
そんな話を聞けば。
……当然、許せるはずもなかった。
正直言って、お馬鹿な小娘だと相手にしていなかったガブリエラに対して本気で怒りを覚えたのは初めてだった。……表面化するまで気付けなかった馬鹿な自分にも。
対策やケアをしながら、必ず報復してやると煮えた腹で冷静に考えた。
ともかくそんなわけで。
物理的な守護であり、私が庇護するグループの一員としての証明証であり。
そしてなにより大切に思っているということを伝えたくて、お守りを持たせることを考えついたのだった。
お守りと言えばオルリス兄様だ!と思って連絡を取ったところ、そういう訳なら是非協力したいと言ってくれて。
伝神霊を使っての打ち合わせをするうちに、今後のためにお勉強も兼ねて、作り方も教えようという話になったのだった。




