93 アリーセ・レシピ
カレーパンの完成披露と同時に驚くべき速度で学園長を即堕ちさせ、副業先をゲットしたコニー。
突撃してきた時にはすでに準備していたらしく、次の日には荷物を全てまとめて学園へ引っ越してきた。
その日から、学園の食事は少しずつ変わった。
作成方法と酵母を売った取引先とも協力し、学園の主食に改良リューコを使用したり。
スパイスを減らして素材の味や旨みを重視する調理をさせたり。
栄養素や衛生についての考え方、健康に配慮した食べ合わせの伝授などを行った。もはや食育だね。
ちなみに私が料理長に渡していた、こうした調理の理念&料理に関する覚えている限りの現代知識をぶっこんで纏めたものは、「アリーセ・レシピ」と名付けられていた。
私の名前のままだと、「なんで厨房に入ったことも無いはずのご令嬢にそんな知識あるんだよ。信じられん!」となってしまう可能性がある。
そんなわけで、オーキュラスの家族とコニーしか接触することが出来ないという設定の、架空のスーパー料理人・アリーセさん(推測:医師免許と調理師免許持ちの超人)が爆誕していたのである。
私が事後承諾だったその設定にひっくり返りそうになっていたころ、アリーセ・レシピを元に学園料理長とガチンコ料理バトルを繰り広げたコニーは無事に勝利していた。そうして初手から指導員としての地位を、肩書きだけでなく本当に獲得してしまったのである。
生徒側の反応としては、濃い味付けに慣れた者の中には違和感を覚えるものもいたようだ。
しかし基本は食べ盛りの少年少女達。美味しくって量がいっぱい食べられれば文句は少ない。
美味しいは正義。正義は勝つという訳だ。
学園の料理、つまり学食も当然貴族向けの料理だったので、この変化は私としても万歳だった。
「塩コショウの効いた飯すら贅沢な庶民共と~、我々が同じ食事情なわけなかろう?お??」という見栄っ張りに始まり見栄っ張りに終わるスパイス特盛メニューが、学食の基本だったからだ。
13~18世紀ぐらいの技術や生活水準がごった煮になってる乙女ゲー的ファンタジー世界なのに、何故よりにもよって食事情はリアル中世なんだろうと悲しくなるよね……。魔法がほとんど介入できない分野だからだろうか。
もちろん、この世界で頑張っている料理人達が真面目に作っているので、不味いわけでは無かったが……。
そんな経緯を思い出しながら、コニーが運んできたシンラ・ティーと揚げリューコをさくさくと食べる。
「うーむ……リューコを揚げるというのは奇抜な発想だが、うまいな」
「ですねぇ。香りもいいし口当たりもサクサクしてて。腹持ちも良さそうですね」
いつもはしかめっ面がデフォルトのユセフ様だが、もぐもぐとハイスピードで食べつつフサフサの尻尾が揺れている。
それを見てくすくす笑うレギオン様も、うんうん唸りながらリューコをかじっていた。
ちなみにこれ、なんてことはない普通の揚げパンだ。
昔懐かしなあの揚げパンである。
本来なら激硬くて味の薄い、パンというものを揚げる発想がなかったそうで。久しぶりに食べたくなって提案したら割と好評だった。
香り高いうちのふわふわ白パンだから出来る料理だもんね。
私にとっては懐かしの味である揚げパンに舌鼓を打ちつつ、シンラ・ティーと呼ばれる新緑色のお茶をこくりと飲み、口内をさっぱりさせた。
なんとこちらは、日本人のソウルフード……いやソウルティー?の、緑茶である。
日本の緑茶とは風味がほんの少しだけ違うものの、概ね同じものとして使える。これは名前から想像できる通り我が国発祥のお茶ではない。
シン・ユーレン様のルーツの国、シンハライトのお茶だ。
揚げパンだから牛乳で食べるのもイイかなぁなんて思ったのだが、シン様が「お近づきの印に……」と持ち込んだこのシンラ・ティーが黄金の夜明け団内でプチブームになっているのでこちらになった。
今頃、別室でシン様もガッツポーズしていることだろう。
なんていうか、お土産のセンスが流石は豪商の家系って感じである。
そうして、ホッとするねぇなんて言い合いながらほのぼのとお茶を飲んでいると、金狼族のケモっ子のひとり・ランスレー君が立ち上がった。
「アリス様! 今日は僕の番です~!」
パッと手を挙げてそう言うと、包みを持ちてこてこと走ってくる。
シン様のお土産が私に大ウケだったのを見て、他の子供達も家から持ってきていた自分の領の自慢の品を見せてくるようになった。
モノは様々で、立派な特産品から子供の宝物の代名詞・キレイな小石まで、まさしく玉石混交だ。
しかし一生懸命に宝物をアピールしてくるのが可愛いので、私の癒しタイムのひとつである。
誰が先に見せて褒めてもらうかで乱戦になっていたので、とりあえず一日ひとりまでとなっていた。
「走ると危ないですよ、ランスレー君。今日はどんなものを見せてくれるのですか?」
口元についたパンくずを拭ってやりながら笑って聞くと、ランスレー君は照れ照れしながら包みを開けた。
そこにあったものを見て、私が驚愕の声を上げるのは……。
もはや、必然だったのかもしれない。




