84 高貴なる薔薇の会
「さて、ご用件をどうぞ」
どこかそわそわ、怖々とした様子の訪問者三人に言葉を促すと、この中で最も身分の高いクラスタ辺境伯家のマリア様が口を開いた。
「あの、アリス様……。実は、私達は一緒に来たのではなく、偶然同時に訪れただけなのです。なので、それぞれに用件は違うかと思います。……まず、私のお伝えしたいことなのですが……。遅ればせながら、ぜひ私と私の友人達を、アリス様の自習グループに……、い……、い、入れていただきたいのです」
青い顔を更に青くしたマリア様は、少し震える小声でそう言った。
なんだ、随分とビビっているから最悪のパターンを考えていたのに……。それが要件なら、なんてことはない。
私はほっとして笑顔になった。
「嬉しいです。是非一緒にお勉強しましょう!」
にこりと笑ってそう言うと、マリア様含む三人組は「えっ?!」と驚きの声を出した。
おやおや。三人組は三人組で、 最悪のパターンを想像していたらしい。
……先程から繰り返している、この“最悪のパターン”とは何か。
それは「アウルム、プラティナ、そしてディアマンテの第一学年の殆どがガブリエラおよびガブリエラが擦り寄っている第二皇子側につく」というパターンの事である。
そして、この三人の訪問者にとっての最悪があるとしたら「ガブリエラでなく、明確に私を選んでこちらにきたのに、私に拒絶される」といった所だろうか。
……通常ならば、古貴族を中心としたアウルムクラスの生徒が対抗勢力であるガブリエラに味方する事はほとんど有り得ない。
だが、ガブリエラには皇子がついている。これは考えるまでもなく非常に大きい。
権力や人脈・金を求めて皇帝一族に近付くのならば、ガブリエラに近付くのが現状、安全かつ近道な状態だ。
そして、ここ最近のガブリエラ側の動きは。
驚くべきことに、状況に即したものだった。……恐らくは大人の指導が入ったのだろう。
私に対抗して自習グループを作ることまでは想定していたが、なんとそのグループの体質を、この国で勢力を拡げている「ラーミナ教」の教義に反しないものとしたのである。
『子は天命に沿った家業を実直に手伝い、過分な筆を避けるべし』
……そんな、本来は農民向けの教義をいつの間にか「貴賎なく」広めていたラーミナ教。
そんなラーミナ教の教義と相反する「自習グループの結成」という行動をどう擦り合わせたのか。
それは、ガブリエラの宣伝文句を見れば一目瞭然だ。
『サロンにお集まり下さいませ、皆様! 交流し、美しいものを愛でましょう。美しいものを着て、美しい音楽を聴きましょう。そうしてこの国の文化の素晴らしさ、陛下の与えてくださる平和の恩恵を肌身に感じ、感謝と愛の心を育みましょう!』
またある時はこうだ。
『洗練された者同士の交流を尊びましょう。華麗なる詩や歌を交わしお互いの教養を高めて参りましょう。有事に備えて連携を取れるよう、輪を作りましょう。高貴なる貴族に生まれた事を恥じずに済むよう、義務を果たしましょう!』
……この耳触りの良い、いかにも貴族らしい言葉たちが示すものは、要するに「サロンでお茶を飲んで、美、芸術を尊び皇帝を崇拝し、交流して結束しよう」である。
もちろん、これらはどれひとつとして間違ってはいない。貴族として人脈を築き、文化を育てるという事も、しなければならないことのひとつだ。
だが、詩や歌や絵画、美しいドレスだけでは貴族とは言えないと私は考える。
前世の記憶からもそう思うし、この世界の人達だって冷静になればそう分かるはずだ。
しかし、そんな危機感は霞んで消えてしまう。
「次期皇帝の可能性が高い皇子と同じグループにいる」という……、絶対的安心感の前には。
更に言ってしまえば、彼らは「より権力のある人間と仲良くなりなさい」といった事を言い聞かされて学園に送り込まれてくるのだから、むしろやるべき事をやれて両親に褒められる! くらいの気持ちの筈だ。
……まぁそんなこんなで、ガブリエラの新グループ「高貴なる薔薇の会」には、少なからずアウルムの生徒も興味を示しているのである。
実家のしがらみなどから入会することは無いだろうが、皇子に近付くためには無視できないと言ったところだろう。
そんな状況の中で、対抗勢力であるハイメ派閥のオーキュラス家……つまり私と目立って仲良くするのはリスキーであるということも示している。
私にローリエ様とレティシア様、そしてイヴァン様とフレッジ様以外の特筆した友人が出来ていないのはそのためだ。挨拶する知り合い、クラスメイトレベルはいっぱいいるけどね。
「アリス様、側近筆頭としてお耳に入れたいことがございます」
「なんでしょう?」
ヴィル兄様の声に我に返る。
動揺している三人組を尻目に、真っ黒い微笑みを浮かべたヴィル兄様が口を開いた。
「クラスタ辺境伯家といえば、ハイメ派閥でも中堅の家。……それにも関わらずご入学から今まで、日和見し、アリス様に対して挨拶程度しかしてこなかったことについて……。きっと大変な事情がおありなのでは無いかと推測致します。ワケをお聞きになった方が良いのではないでしょうか?」
おぉう。飛ばしてくなヴィル兄様。
ワケ……かぁ。
若干の怒気にビビるが、クラスタ家が同派閥の中堅でありながら率先して私に近寄ってこなかったという事実は、確かに不自然だと思っていた。
「アリス・オーキュラスは根暗病弱ダメ令嬢」という過去の噂を持ってしても、同じクラスで実物の私を見ているのだから不自然だ。
確かに、「高貴なる薔薇の会」の影響を抜きにしても何かしら事情があったことは想像出来る。
そんな訳で、何かあったの?と思いつつマリア様の方を見ると、今にも卒倒しそうな様子で震えていた。
「そ、そ、側近の方の仰る通りです……。私はハイメ派閥の中堅として、高位貴族でいらっしゃるアリス様が直接声をかけないような下の者達を、ほ、本来ならば率先して取りまとめなければなりませんでした……」
……あー、んー。そうらしいね。
貴族ってのはめんどくさいものだ。
古貴族である私の立場で必死になって「お友達になりましょう!」と声をかけて回ったりしたら、古参貴族なのに人望がなく焦ってると見られ、みっともないと思われるらしい。
ほんとめんどくさい事に。
そんな事情を考える私の前で、項垂れたマリア様は。
ぐっと手に力を入れると、再び口を開いた。




