83 来訪者とお手紙
自習室に響いた、硬いノックの音。
その音に、きゃっきゃと楽しげに騒いでいたケモっ子達がピタリと止まった。
そして皆、一斉にぴくりと耳をドアの方向へ向ける。
「アウルムクラスのマリア・クラスタです。オーキュラス家のアリス様はいらっしゃいますか?」
少女の可憐な声がドアの向こう側から響く。
ようやく来たか。
そう思いながら、視線を向けてきたヨハンに頷く。
「ここにおります。中へどうぞ」
そう言ってドアを開けさせる。
すると、廊下には不安そうな顔をした子供が三人、所在なさげにこちらを見ていた。
「どうぞお入りください。……お連れの方は、プラティナのアーサー・タングルウッド様と……ディアマンテのシン・ユーレン様ですね」
そう声をかけると、三人はぴくりと反応してから小さく頷いた。
なんだか迷ったような顔をしてなかなか入ってこないので、私の方からドアの方へ近づいていく。カーテシーを小さく行って挨拶すると、三人もおずおずと礼を返してきた。
「なにかお話があっていらっしゃったのでしょう? さ、中にお入りください」
緊張している三人組にできるだけ柔らかく笑顔を作って言うと、少し緊張を解いた様子で室内に入ってきた。
しかし、空気を読んで一言も喋らずこちらを見ているケモっ子達や、警戒心をバリバリにしている側近たちの様子を見てどことなく小さくなっている。
本当なら萎縮した様子が可哀想なので、みんなの意識を逸らして別室に連れ出したいところだ。
しかし、話を一緒に聞いてもらった方が話は早い。なので、ドアを閉めてもらい早速話を聞くことにした。
「さ、奥の長机へどうぞ。マチルダ、お茶を」
誘導と指示を出して座り、改めて三人の様子を見てみた。
まずマリア様。この子はアウルムクラスの上級貴族で、ハイメとも比較的親しい。お茶会などで話したことも少しある。かなり大人しい性格で、今はこの中で一番青い顔をしていた。
続いてプラティナクラスの中級貴族、アーサー様。普段は優しげで大人しい風貌だが、この状況には流石に落ち着きなくそわそわとしている。
最後にディアマンテクラスの下級貴族、シン様。異国からやって来た貴族の末裔で、非常に勝気なのが印象的だ。
この子がやってきたのは意外といえば意外、想像通りといえば想像通りだった。
まぁシン様に限らず、こういった組み合わせがここを訪れることはほんのり予測できていた。
というのも、この状況がお父様から来た手紙に書かれていたのである。
……内容はこうだ。
『愛しい我が娘 アリスへ
お手紙ありがとう。これが届く頃にはガイダンスも終わった頃かな?楽しみにしていた学園生活はどうかな。
ヴィル君からの報告ではとても楽しそうに過ごしているということだけれど、何か困ったことはないかな。
なにより秋の気配も深まって肌寒くなってきたことだし、病弱なアリスが風邪などを引いていないか、お父様はとても……とっても、非常に、かなり、本気で、お父様が体調を崩す勢いで心配しています。
ひとまず、常に暖かくするようにね。
さて。
学園でのアリスは慎重に相手の人柄を見極め、徐々に人脈を築いている、ということは聞いています。
しかしそろそろ、アウルムとプラティナ、それに予想外かもしれないけれど、ディアマンテからも痺れを切らして近づいてくる子が一気に出てくるだろうね。
アリスはまだ派閥や国内の状況にそれほど明るくないから、慌てることのないように、事前に調べておくんだよ。
心配は尽きないけれど、反面、アリスは賢い子だからきっと彼らをうまくいなしてやって行けるとも思っています。
しかし、学園側でもなにやら動きがあるようだし、何が起こるかは誰にも分かりません。もし人間関係で困ったら、すぐにお父様とお母様、それにハイメの人達を頼りなさい。
いざと言う時は、飛んで行ってすぐ解決してあげるからね。
お父様もお母様も、休暇にアリスに会えることを、心から楽しみにしています。
本当に心から楽しみにしています。思いを込めて二回書いてみました。
重ね重ね、心と体の健康を第一に健やかに過ごしてください。
アリスのお父様 ジークムントより』
…………。
最後のあたりはなぜか濡れたようになって文字が滲んでいた。
涙の跡なのか……。大切なことなので2回言ってみた感じが、嬉しい90%、恥ずかしいが10%な嬉し恥ずかし親バカレターである。
あと「飛んで行ってすぐ解決してあげる」の部分が、どう読み返しても「飛んで行ってすぐ(物理で)解決してあげる」に空目してしまうのだが、気のせいだと思っておこう。
何はともあれ、愛情たっぷりのこの助言をきっかけに、私は少し、貴族の派閥や同級生について調べてみたのだ。
……正直、それよりも。いざ学園に来てみると。
魔術書や教材などが気になって気になって、激しく気になってフラフラと近寄っては側近一同の巧みな連携プレーにより遠ざけられたりした。
だが献身的な側近チームの誘導により、私は大まかな概要を掴むことが出来ていたのだった。
そのおかげで、今回のこの三人組の来訪に狼狽えなかったのである。




