82いい子いい子スペシャル
ケモっ子達を受け入れて二週間経った。
カリカリカリカリ……。
ここはこうして……、こっちはこれを応用して……。
ううーん、うーん。あっ、わかった!
すや……。すぴすぴ。
カリカリ、ペラッ、カリカリ。
多種多様な音が響く自習室。
一部勉強していない音……っていうか寝息も混じっているが、ちびっ子達は概ね真面目に勉強していた。
指導に来てくれたヴィル兄様のお友達である獣人のユセフ様と人間のレギオン様、そしてヴィル兄様が指導する声がささやかに響く。
私は自らに課されたブートキャンプの課題をこなしつつ、レティシア様の模試の監督をしていた。
「…………よぉし!アリス様、できましたぁ!」
にぱーと笑顔になったレティシア様がバンザイする。
「お疲れ様です!では、採点しますね」
答案用紙を受け取り、用意していた答えと照らし合わせて採点していく。
すると、正答率は70%台に突入していた。
「凄いですねレティシア様。まだテスト対策を始めて二週間ですのに、こんなに正解が増えましたよ」
そう言って褒めてあげると、レティシア様は頬を染めてえへへ、とはにかんだ。
「きっとアリス様の教え方が上手なんですよぅ!こんなにお勉強が捗ったこと、今までなかったですもん」
「いえいえ、レティシア様自身のお力ですよ。特に文学や音楽、あと歴史が得意ですよね。苦手な算術もできるようになってきましたし」
実際にレティシア様はそれらの科目が得意だ。おそらく文系なのだろう。
逆に算術が苦手なようだが、そこは前世の算数の授業を思い出して足す引くから整理して教え直したところ、半分は越せるようになってきた。
元々、今回のテストは第一学年の範囲のみが対象だ。現代日本ほど習うことが多い訳でもないし、塾の集中講義のようなイメージで行けば目標はなんとかなるだろう。
「えへへ……んふふ~」
レティシア様の桜のような髪色の頭を、優しくなでなでして褒める。するとレティシア様は擽ったそうにむふむふした。実に可愛い。
視線を感じて横を見ると、ローリエ様がクールな瞳でこちらを見つめていた。
ん?と首を傾げてみせると、無表情のままのローリエ様が自己採点した模試用紙をすすす、と両手で滑らせてきた。
「わぁ! ローリエ様、90点なんて凄いですぅ!」
ローリエ様の点数を見たレティシア様が目を丸くして感嘆の声を上げた。私もにっこり笑ってぱちぱちと拍手する。
「凄いです、ローリエ様!苦手な歴史も正解が殆どになりましたね!」
そう言って褒めるのだが、ローリエ様は動かずじっとこちらを見ている。
これは、もしかしなくてもあれだよね。……待たれているよね。
そっと手を伸ばしてローリエ様の頭もなでなですると、頬っぺがぽぽぽ、と桃色になった。
……これ私が男だったら惚れてるところやぞ。ギャップ萌えの申し子か、ローリエ様。
そうして幼女ハーレムを満喫していると、がたんと椅子を蹴って立ち上がる音がした。イヴァン様がするりと寄ってくる。
答案用紙を持ち、黒曜石の様なキラキラとした瞳でこちらを見てくるのだが、その点数は……。
50点だ。ふむ……。
「イヴァン様、点数が上がりましたね!」
少し悩んだが、にっこり笑って褒めることにした。
まだまだ合格点には遠いが、私は基本的に褒めて伸ばす主義である。
そしてイヴァン様の頭(と、どさくさに紛れて猫耳)もなでなでモフモフすると、イヴァン様はみるみる赤くなり「ふにゅぅ」と謎の声をもらしてとろけた表情になった。
ふふ……。通算二十〇年、前世でありとあらゆる猫を撫で回してきた私のゴールデンハンドにかかればざっとこんなもんよ……。
そうしてとろけたイヴァン様に萌えていると、今度は「あぁ~!!」という複数人の大音声にびっくりして手が止まった。
何事?!と振り返ると、何人かのケモっ子達が一斉に立ち上がってこちらに走ってくる。
「イヴァン様ずるいー!僕も!僕も撫でてもらう!」
「私もー!」
「なでなでずるい~」
「なになに?お菓子?」
「なでなでしてー」
「いいですよ……ひゃっ、あわわ!」
OKするやいなや、甘えんぼなタイプの子達に釣られて座っていた残りの子達も立ち上がり、ぎゅむぎゅむ押し寄せてきた。
「あはは、アリス埋まっちゃってるね」
「すごい人気だな……」
呑気に観察するヴィル兄様と、なぜか感心したようにこちらを見ているレギオン様。
「こら、席に戻れお前ら!」
唯一慌てたユセフ様がケモっ子達を止めに入る。しかし、おしくら饅頭されてあっぷあっぷしているものの、私としてはこのモフモフハーレムは歓迎すべきものなので大丈夫だと告げる。
「良いんですよユセフ様。よぉーし、勉強を頑張る偉い子達には、いい子いい子です!」
がばりと腕を広げ、片っ端からまとめてなでなでモフモフしまくっていく。ケモっ子達はきゃー!と歓声を上げてもみくちゃになった。
「ふふ、ふふふ……ここが天国……」
あぁ、幸せだ。鼻血でそう。
しかし、私はまだ大切な人達をねぎらっていない。
「マチルダ、ユレーナ、ヨハン」
呼ぶと、真面目に勉強を続けていた側近チームが即座に反応した。
ふふふ。私の側近たるもの! と落ち着いて振舞っているけど、君らの耳がダンボになっていることくらいはお見通しさ。
おいでおいでと手招きし、しずしずとやって来た彼らには「いい子いい子スペシャル」をお見舞する。さぁ、揉みくちゃだ!
「ひゃぁ、うふふ、アリス様ったら」
「あは、くすぐった、あはは」
私の手から逃れようと身をよじるユレーナ、きゃらきゃら笑うマチルダ。
そして、真っ赤になって俯いた顔を両手で隠しつつも、微動だにせずわしゃわしゃを受け入れるヨハン。
至福。それしかない。
私の中に潜むアラサー成分に母性を見出しているのか、基本的にちびっ子はよく懐いてくれるので実に毎日が楽しい。
しかも現状、指導の方もそれほどストレスはない。ワガママ言う子もほとんどいないので、根気強く教えて少しづつ進んでいる。
難しい問題に飽きて寝てしまう子はいるが、それもこちょこちょして起こしてあげるときゃっきゃした後、きちんと勉強再開するのだ。獣人って基本的に素直で従順な子が多いのかもしれない。
いやはや、転生後の人生の楽しみは増すばかりだ。
……そういうふやけきったハッピー頭で悦に浸っていた時。
コンコン、という硬いノックの音が、自習室に響いた。




