80 集合、そして崩れ落ちる者
『 来ちゃった♡』
それは、かつて私が存在した世界において、アポ無し突撃の常套句であった。
誤解を防ぐために予め言っておくと、このようなセリフは今回言われなかった。
しかも、私が「おいで~♪」と気軽に誘ったという前提があるので、アポ無しでもなんでもない。相手は私の言葉に文字通り従っただけのことである。
しかし、なぜか冒頭の一言が私の脳裏を過ぎった。それだけは記しておく……。
そんなことをボケっとしながら考えていると、前方の集団がもぞもぞし始めた。
「なぁなぁ……すごい無表情だけど、怒ってるんじゃないか?」
「やっぱり噂どおりの……?」
「馬鹿、そんなわけないでしょ。だって私たち一緒に遊ぼーって誘われたんでしょ?そう聞いてるけど」
「私、寮でお昼寝してたから詳しいことは知らないや。そこんとこどうなの?」
「いや、俺も厨房におやつのおねだりに行ってたからその現場には……おいお前は?」
「えっ、俺そん時寝てた……」
「え、え、大丈夫なのこれ?私たち、場違い?」
……幼く可愛い会話がまるっと聞こえてくる。
お昼寝とかおやつのおねだりとか、状況が把握出来てない感じとか、いかにも小学生のケモっ子って感じでグーだ。やたらハイソな人間が多いこの学園にいると、こういう貴族っぽくないところに癒される。
可愛らしさに触れたことで放心していた自分を取り戻し、思考力を回復させる。
校庭で氷玉の練習をしながらイヴァン様の帰りを待っていた私たちの元に集まってきたのは、このちっちゃなケモノっ子達だった。
金狼族と黒猫族、そして僅かに茶猫や白猫、黒狼が混じっている。たまに色違いが生まれるのかな。
それだけならば「あぁんモフモフ天国!!」と身をくねらせるところなのだが、人数が問題だった。
……その数、イヴァン様を含めて14人。
てっきり仲のいい子を1人、2人連れてくるだけだと思い込んでいた私は普通に尻込みしていた。
しかし不安そうにこちらを見ている彼らをそのままにもしておけない。イヴァン様は何故か「凄いだろ!」みたいな顔してるし、逆にその横の金狼族の少年は意思の食い違いに気づいて卒倒しそうな青い顔してるし。
言い出しっぺの法則だ。ひとまずここは、責任もって面倒見るしかない。
ていうか、こんな可愛い子達にいつまでも不安そうな顔をさせるなど言語道断である。
「皆様、ごきげんよう。集まってくださってありがとうございます」
ケモっ子への愛を心に浮かべて微笑むと、子供達は安心したように一斉に笑顔になった。
いかんいかん、気を抜くと私、まだ無表情になってしまうからな。安心させてあげないと。
「イヴァン様のご友人もご一緒にお勉強を、という話なのですが……これで全員でしょうか?」
ヨハンが恐る恐るそう聞くと、イヴァン様はとんでもない!と言うふうに首を振り、ヨハンにドヤ顔をした。
「いーや、上級生にはまだまだ顔見知りがいるぞ!急ぎだったからな……。アリス様、他のものも連れて来て良いでしょうか?」
「うっ?!えーと、とりあえず、初めましてですし……今日のところはこのメンバーでいきましょう」
「そうですか……。かしこまりました」
ちょっとしゅんとしてしまった。
まさか……。この人数でも遠慮していたのか。
しかし猫は褒めて育てる(?)と聞くし、素直に人脈の多さを褒めておこう。
「イヴァン様はとっても顔が広いのですね!私はまだお友達が少ないので、尊敬します」
そう言うと、イヴァン様はぱっと顔を上げた。
「はい、友達は多いですよ!なにしろ俺は黒猫族筆頭の息子ですから!」
「筆頭?」
え、そんな偉い人の息子だったの?
びっくりする私にローリエ様が意外そうな声をかけた。
「アリス様、ご存知なかったのですか?スラクシン家といえば獣人連盟の中でも有力な家ですよ」
「そ、そう言えばそうでしたね」
正直知らんかった。一番可愛いからとにかく友達になりたいくらいしか考えてなかった……。あ、いや、中立派を引き込もうという崇高なる作戦の……いや言い訳はよそう。私はモフりたい一心だった。
「……てっきり意識してのことかと……。アリス、先んずれば?」
「はぐぅ……、人を制す、ですね」
先んずれば人を制す。もしイヴァン様が私に敵対する人間に取り込まれていたら危なかったということだ。仰る通りです。
ちょっとひやりとした所で、ヴィル兄様がにこーと笑った。
「実は私にも獣人の友人がおります。経験になると思ってヨハンと手合わせをしてくれるよう頼んでいたので、ついでに彼らの指導も頼んでみます。人手はご安心ください」
……!!
な、な、なんと頼もしい。教える側の不足が懸念されていたので有難いばかりである。
……しかし、お勉強一緒にする?って事だけ伝えたけど、私達の目標が五大教科全パスだって伝えたっけかな。
この子達にその目標を課すかはまだ分からないけど、平均の学力ってどのくらいなんだろ。
ちょうどその疑問に思い至ったのだろう、マチルダが問いかけた。
「ええと、その……つかぬ事をお伺いするのですが……。皆様、参考までに、入学時テストの点数をお聞きしても良いでしょうか?」
すると14人は順番に手を挙げ、はーい!と元気よく答えた。
「アリス様アリス様!俺は42点です!」
「僕は38点、です……!」
「17点!」
「9点!」
「ふっふっふ。31点!!」
「私なんか47点だもんねー!」
「47とか天才?!私11点!」
「19点!」
「21点!」
「むにゃ……忘れちゃった」
「11点くらい!」
「えーっと、棒がいっぽんと丸がいっこだったから……じゅってん!」
「名前書くの忘れたからわかんなーい!」
「私もー!」
…………。
……Oh……………………。
ふと横を見ると。
先程「教育側の人手はご安心ください」と胸を張ってドヤ顔していたヴィル兄様が、膝から崩れ落ちていた。
ケモっ子大集合でした。そして圧倒的学力。




