78 黒猫族のイヴァン
ふわふわの黒毛をぶわりと逆立てたイヴァン様は、最初は怒っているように見えたものの、私が声をかけると態度が急変した。
最初にびっくりしたようにふしゃー!とした後は、なにやら赤くなったり青くなったりしている。
それに対し、目をぱちくりしているちびっ子チーム。そしてよっぽどイヴァン様の驚き方と挙動不審が面白かったらしく、お腹を抱え声を殺して爆笑してるヴィル兄様。
……なにがなにやら、状況がカオスすぎる。
ひとまず、不意打ち魔法についてこちらから謝って場を落ち着かせるよう試みてみる。
「あの、驚かせて申し訳ありません。熱心にこちらを見ていらしたので、ちょっとイタズラ心が湧いて……。冷たかったですか?」
そう声をかけると、はうっ?!と声を出したイヴァン様は更に顔を赤くしてしどろもどろした。
様子を見守っていると、イヴァン様は自分の醜態にいまだぷるぷるするヴィル兄様をじとっと一度見つつ、なんとか平静を取り戻して謝罪をしてきた。
「いや、その……先程は怒鳴ってすみませんでした。てっきり、側近の方の攻撃かと……。俺の不躾な視線こそ、謝らせてください」
……正直、さっきまでの印象と獣人というイメージから、熱血暴走タイプかと思っていたのだが……。
意外にも冷静になると敬語が使える、しかもきちんと謝れる良い子だった。
私は俄然嬉しくなり、にこにこして返事をする。
「いえ、そんな。謝らなくても大丈夫ですよ。何か私達に御用でしたか?」
そう聞くと、イヴァン様は頬をぽりぽりしながら少し顔を背け、ぽっと赤くなった。
「ええと……いえ、その、用という程では……」
なにやら歯切れが悪い。しかし、相当熱心な視線だったのだが……。
首をかしげて疑問符を浮かべていると、ヴィル兄様がピンと来た!という顔をしてからちょっとニヤニヤし始めた。
「ははぁ、なるほど……」
「何がなるほどなんですか、ヴィル兄様?」
ヴィル兄様はなんだか生暖かい微笑みを浮かべている。
そしてイヴァン様が視線を逸らしているのをいい事に、こっそりと両手でハートマークを作ってにっこりした。
……。これって、もしかしなくても。あれか?あれなのか?
この自習グループの中に、好きな子がいる……的な。
ほほう、ほうほう!
私も思わずニヤけそうになったが、美しくない表情なのでぐっと我慢する。そういうことならば早速誘ってあげないと。
「もし自習に興味がおありなんでしたら、御一緒にいかがですか?」
そう言うと、イヴァン様の猫耳と尻尾がぴぴん!と立った。
「いいのか?!……ぁ、い、いいのですか?!」
「ええ、勿論です。他にも興味のあるお友達がいらっしゃるなら、その方達もぜひ」
むふふ。喜ぶとうっかり素が出ちゃってる。
可愛いなぁ。なでなでしたくなるなぁ。
しかしまぁ、お友達もどうぞと勧誘したのは少しの下心もある。
このイヴァン・スラクシン様は、中立派……つまりプラティナクラスの生徒なのだ。
私も第一学年の、他クラスの生徒を全員覚えている訳では無い。しかし、このイヴァン様は入学式の時から気になっていた。
何しろ、リアル猫耳。そして柔らかそうなもふもふの尻尾。
極めつけに黒髪黒目の美少年ときた。
もう、モフりたくて撫でたくて、入学式の時はそわそわしっぱなしだったのだ。
ほかにもちらほらと獣人はおり、どの子もふわふわサラサラもふもふで……。しかし、どこか警戒心が強い彼らにはなかなか声をかけられなかった。
……ごほん。話が脱線した。下心というのはもちろんモフりたいということの他にもある。
要するに、中立派の子達と仲良くなるきっかけにもなるんじゃないかと思ったのだ。
ちなみにイヴァン様は男爵家出身だ。この国の獣人はどんなに偉大な人物でもなれるのは男爵までと定められている。
つまり、あまり厚遇されているとは言えない。そういう意味では貴族全体に対する影響力は少ないだろう。
しかし、獣人には獣人のネットワークがあると聞くしね。獣人は政治に深く干渉しないことから中立が多いし、ぜひ仲良くしたい人物の1人だったのだ。
……決して、1番の理由は可愛いからではないのだ。ないったらないのだ。
私の言葉を聞いてぱぁぁっと笑顔になったイヴァン様は、仲間も呼んでくる!! と叫んで駆け出していった。
ふっふっふ。素、出てるよ~。はぁ可愛い。
挙動不審なイヴァン様とご機嫌なアリスでした。
ちなみに作者は猫派か犬派か決められない中立派です




