77 首筋にプレゼント
思考が色々飛んだが。
とにかく、オルテンシア様により目の前に人参をぷらぷらされ、学力向上に好意的な先生を把握した私は、自習計画を立ててひとまず第一回ブートキャンプをスタートさせた。
大まかなスケジュールとしては、放課後になったらまず図書館の自習室に集い、1ヶ月半の学習予定表に沿って座学に勤しむ。
そして目標を達成した後は、各々の集中力が切れるタイミングを見計らい、校庭に出て実技の練習を日暮れまで行うというのが大まかな流れだ。
テストに好意的な先生は幸い実技のある魔術と音楽の先生なので、各先生の好きな魔術(意味深)と好きな曲(意味深)を教えて貰い、範囲を絞って練習することにした。
算術はテストに協力的でない先生だが、この世界の水準ならかつて大学を出た私が余裕で教えられるくらいなので大して問題は無い。よかったよかった。
ひとまず第一回はこのスケジュール通りに進み、魔術の実技も発声練習も上手くいった。
……訳なのだが。
「気になりますなぁ」
「気になりますねぇ」
次の日、実技の練習に「氷玉の魔法」を実践しているところで、私とヴィル兄様はあえてある方向から視線を外して呟いた。
「……やっぱりヴィル兄様も気になります?」
「気になりますね。本人は隠れてるつもりなんだと思うんですが……」
そう。私たちの自習を、昨日からこっそり窺っている者がいるのだ。
通りすがりざまにそれとなくとか、校舎の窓からこっそりとというのであれば普通に複数の視線を感じているのだが、私とヴィル兄様が言っているのはそれではなく、前方の植木の影の事である。
「……アリス様、どう致しますか?」
こちらも視線に気づいていたらしいヨハンが練習を中断して歩いてきた。
ユレーナとマチルダもそわそわしている。ローリエ様&レティシア様は練習に超必死で気付いていない。……あ、レティシア様失敗した。
どうする?と聞かれるのには訳があった。
……その視線の主は。
なんだか、親の敵でも見るような雰囲気で植木の影からこちらをガン見しているのである。
物凄い熱量というか、意思?を感じるのだ。
「ううん、そうですねぇ……」
私はとりあえず、みんなが練習しているのと同じ魔術を発動することにした。
アサメイを片手でスラリと構え、目を閉じて着地地点をイメージする。
「“かたわらの雪、白い鋼”」
唱えると、空中からミゾレのような氷が一箇所にきゅうと集まり始めた。
それは二センチ程度の小さな氷玉になり……熱視線の主のうなじに、ぽとりと落ちた。
「ひに゛ゃぁっ?!」
びっくりした時の猫の悲鳴みたいな声が響き、ガサガサばっさばっさ音を立てて茂みから人が出てくる。
その人物を全員が注視した。
おお、あれは……!!
「獣人族の一年生ですわね。えーと、確か……」
名前を思い出そうとするマチルダ。しかし、私は彼の名前をはっきり覚えていたので、そのあとを引き継いで発言する。
「イヴァン・スラクシン様ですね」
イヴァンと呼ばれた彼は、頭に葉っぱをいくつかくっつけながらこちらを涙目でフーフー威嚇していた。
「つ、つべたっ……、な、な、
何をする!!」
「何って……。うなじに氷を入れてひんやりさせてみました。びっくりしましたか?」
私がしれっと答えると、イヴァン様はフシャー!!と、その「猫耳」と「猫尻尾」の毛を逆立てた。
その光景に、私はにんまりする口元を隠せない。
そう。
この世界には、あの、現代日本人が大好きな種族…………。
獣人族が実在するのだ!!!!
ずーっと出したくてうずうずしてた、獣人くんの登場です。
ロマンですよね、猫耳。




