73 薬草園にて
ユレーナに話を聞いた次の日の放課後。
私はヴィル兄様に護衛をお願いして、広い学園の敷地の一角に連れ出して貰っていた。
「……と、言うわけなのです」
薬草園の一角で草花を見るふりをしながら、ユレーナから聞いた側近達の近況と、自分自身の考察をかくかくしかじかと話し終えた。ヴィル兄様の反応を窺う。
「うう~ん、なるほどねぇ」
腕を組んで難しい顔をしたヴィル兄様。
「マチルダは目標と自信不足、ヨハンは消去法で考えると実家問題らへん、で、僕はお役目……ね」
呟き、しばらくそうしてからへらりと笑った。
「というか、僕のことまでユレーナに見抜かれてたとか恥ずかしいな。そんなに見え見えだったか……」
頬をぽりぽりとかいたヴィル兄様は、なんとも返答しがたく苦笑した私へ、更に複雑そうな顔で問いかけた。
「しかも、アリスは僕にこうして相談することで、僕のメンツを考えてくれてるんだろう?」
「うっ?!……ん、ん゛んっ」
ゲホゴホと咳払いをして明後日の方を向く。わかり易すぎたか。
「えと、決してメンツのためだけではないのです……。私からみんなへ声をかけたり役目を与えることになる前に、ヴィル兄様には共有しておきたくて」
「それもそっか。それで、アリスはどうしようと思ってるの?」
ヴィル兄様に優しく問いかけられて、私は考えながら発言する。
「一番様子が心配なのは、自信を無くしているマチルダかなと思っています。ヨハンもかなり心配ですが、今のところはまだ緊急じゃないみたいですし……。ヴィル兄様の悩みについては、これから死ぬほど忙しくなるので悩む暇もなくなると思いますし」
「?!」
やや青い顔をしたヴィル兄様ににやりと笑って答える。
「何しろ側近全員と、以前お話した私のお友達の五大教科のお勉強を追加で見ていただくんですよ……?」
「う、うん」
「それと、無事に試験をパスして研究活動が始まったら、気軽に外を出歩ける兄様にフィールドワークや素材集めをお願いしたり、私達の活動範囲の拡大を頑張ってもらいたいんです。外との繋がりというか」
「あ、なるほどね……確かに、僕の友人や先輩後輩も巻き込んでいけば、出来ることもかなり広がるか」
確かに悩んでる暇なんてなさそう、と思い直したらしいヴィル兄様は、俄然やる気のある顔になってきた。
「ちなみになんですけど……、私はユレーナのことも心配なんです、兄様」
ちょっと真面目な顔に戻してそう言うと、ヴィル兄様は「だよね」と頷いた。
「ユレーナの問題ね。アレ、のことだよね……」
「ええ、アレ、です……」
『アレ』とは。
順を追って説明しよう。
この世界における女性側近の仕事は、護衛よりも文官的役回りや身の回りの世話……つまり身繕いや裁縫、給仕などの家事に寄っていることは以前述べた。
しかしユレーナは隠密的なことに才能を発揮し、実際そういった活躍を見せ始めた。
このふたつの事実からうっすら推測できること……。つまり。
「家事が壊滅的に下手っぴってこと、ですよね……」
「うん……」
「しかも得意分野を見つけたために、より疎かになってるっていう……」
「うん…………」
二人ともなんとなく明後日の方向を向きながらウフフ、と乾いた笑いをもらした。
まだオーキュラス上屋敷にいた頃に、ユレーナの壊滅的な家事の腕前は判明していた。
見た目や言動的に、繊細なお人形さんのようなユレーナが細やかな家事が得意で、強気でリーダータイプのマチルダが苦手なんじゃないかとふんわりイメージしていたのだが、まさかの逆だった。
お茶の給仕くらいはできるが、裁縫や軽食作り、掃除などは壊滅的だったのだ。
……いっそ、前衛的だった。
そのため、そのへんのことはマチルダが頑張ってサポートしているのである。
別に、女性だから家事ができないといけないなんて一ミリも思っていない。
しかもこの世界の貴族女性は、嫁ぐ家によっては一度も家事をしない可能性だってあるのだ。
しかし側近として高位女性(つまり私)に仕えるのであれば、ある程度はできないとまずい。
「えっと、それでユレーナについても対策は考えてあるんだね?」
「ええ、大丈夫です。ものは考えようですから……案があります。実行するのは少し先になりますが、多分いけるはず」
ちょっと冷や汗をかきつつも、クククと企み笑いをする。
すると「キャラが変わってるよ」とくすくす笑いながら突っ込まれたが、次いでふんわり頭を撫でられた。
おや?と思ってヴィル兄様を見ると、少し眉を下げつつも穏やかに微笑んでいる。
「心配かけてごめんね。僕、なんだかんだ言ってまた受け身になってた。皆の指南以外にもできることは沢山あるのに、何を悩んでたんだろうね……。まだ慣れていないのもあるけど、頼りない兄様でごめん」
突然の反省にびっくりして声が出なかったが、ヴィル兄様は凹んでいる訳では無いらしい。
にっこり笑うと、宣言した。
「これからを楽しみにしてて」
「は、はい」
なんだろう……急に頼もしくなったような、やらかされそうなような……?
なんにしても自主的に動いてくれるのであれば歓迎すべきことだ。
よろしく頼みます、と言うと、キラッキラの笑顔で頷かれた。




