71 側近部屋にて その①
マチルダ視点です。
「ユレーナ、アリス様の明日の衣装の支度は終わったわ」
「ありがとうございます、マチルダ。こちらも学用品の支度は終わりました」
今は就寝時間が過ぎてから少し経った夜中。
『先日、学園長の新方針が三校会議で認められた。それにより、新学期から一部授業の免除と特別研究活動の推奨が始まる。皆、心してかかるように』
そんな金星寮の先生の言葉を思い出す。
その通達は、入学式を終えてようやく平穏になってきた生活に新たな波紋を広げた。
学ぶことが大好きなアリス様はそれを聞いて大喜びし、昼食の時間に側近を全員集めて宣言した。
『私は、かねてから研究してみたいことがあったのです。でも、学年が低いうちは基礎教科で忙しく、高学年ではアサメイ作りなどもあって……ローヴァインのうちは難しいかと思っていました。しかし願ってもない機会が巡ってきました。なんとしても全員、五大教科をパスしましょう!そうして時間を作って、どうか、側近として私の研究をサポートしてください』
その熱い要望に、全員、やる気のある顔で頷いた。
もちろん私もその1人だ。
……、しかし……。
私の心の中には、美しいものだけがあるわけではなかったというのも事実……なのである。
「おやすみなさい、マチルダ」
「おやすみ、ユレーナ」
ユレーナに挨拶を返し、蝋燭の火を吹き消してベッドに潜り込む。
思い浮かべるのは、今頃、隣の寝室ではしゃぎ疲れてぐっすり眠っているだろうアリス様のお顔。
そして、同じ女性側近のユレーナ。
側近に決まってからの一年、私とユレーナ、アリス様は共に過ごす時間が多かった。
そんな中で、私はだんだん二人と自分の違いを感じるようになった。
まずユレーナ。
これはヴィルヘルムに稽古をつけてもらったことで判明したことなのだが……身のこなしが軽く、気配を消すことが非常に上手いのだ。
まだまだ拙いものの、体をひらりひらりと舞わせて切先をかわす姿は、天賦の才を感じさせた。
華奢であるために攻撃する力や持久力がないのがネックだが、そんなものは武器や魔法でどうとでも補える。
その上、影の薄さを活かしてか違う寮やクラスの情報を時々拾ってきたり、微々たるものではあるが情報面で活躍し始めていた。
聞けば例のお茶会の一件で、ユレーナの中には「女性側近として、アリス様をきちんと守りたい。悪評からも暴力からも」という気持ちが芽生えたのだという。
今はまだ子供のつたない技でも、きっとユレーナは成長すれば頼れる側近のひとりとして活躍していくだろう。
そして、アリス様。
伯爵家の四女という、使用人、側近止まりの私とは天と地ほども違う高貴なるお方。
同い年とは到底思えない聡明さ、落ち着き。かと思えば無邪気で、魔術や楽しいことが大好きな可愛らしい側面もある。そして生まれつきの美しい色彩とお姿。
なによりもアリス様を輝かせるのは、その目的に向かって瞳を輝かせ、ひたむきに前を向いている姿勢だ。
学びたい、知りたい、力をつけたい。
家族を守りたい、側近を守りたい、ハイメの代表のひとりとして堂々と。
そういうお心が常にキラキラとアリス様を輝かせている。
…………そんな真っ直ぐな二人と一緒にいると、私は時々思うことがあるのだ。
なぜ、私にはなんの取り柄も、猛進できる大きな目的もないのだろう、と。
いや、目的が無いわけじゃない。
「アリス様の立派な側近になる」
それは紛れもなく私の本心だし、目指していることだ。
だけど、私にはユレーナみたいに突出したところがない。
ヴィルヘルムみたいに側近メンバーに何かを教えることも出来ないし、ヨハンみたいに歳の割に剣の腕が立つ訳でも、熱心に稽古してる訳でもない。
なによりも、同じ貴族に生まれてきたのに、アリス様みたいに美しく可愛らしく、聡明じゃない。
私の抱えているこのもやもやは、なんなんだろう。
焦るような、泣きそうなような、綺麗じゃない気持ち。
なんていう名前の感情なのかもうまく言い表せない。
……でも、でもだ。
私が、アリス様や側近のみんなを好きなのは、嘘偽りない事実だ。
どんな形でもいいから、役に立ちたい。
「……んっ!」
ぱん、と軽く両頬を手で挟んで叩き、気合を入れ直す。
「……? どうかしましたか、マチルダ?」
小さな音に気付いたユレーナが、心配して声をかけてくれる。
それに少し笑って返す。
「ううん、なんでもないわ。おやすみ」
「そう? ……おやすみなさい」
とにかく今の目標は、アリス様の側近としてきちんとお役に立つこと。
自分自身の雑念に囚われていては、そんな目の前の目標だってこなせっこない。
弱気になってちゃダメよ、マチルダ!
そう心を落ち着けて、明日に備えて眠った。
マチルダもまた悩み多き一人なのでした。




