42 オルリス兄様の想い
「ヴィルっ!!」
馬を正門に置いてきたらしいオルリス兄様が、すごい勢いで走り寄ってくる。
「怪我は!?」
ぽかんとするヴィル兄様の肩をガッと掴んでそう叫んだ兄様は、ヴィル兄様の安全を目視で確認した。
そしてすぐに、会場で行われている決闘と私たちの様子に気付いたらしく、目をぱちくりとする。
「…………あれ?」
「あ、兄上……その、僕に怪我はありませんが……」
みるみるうちに真っ赤になるオルリス兄様。
そして肩を掴まれたまま、こちらも赤くなるヴィル兄様。
「あ、れ……。も、もしかして、さっき魔術が発動したのは、け、決闘で……?」
「はい、オルリス兄様。お父様とヴィル兄様の決闘で魔術が発動したのです。誰も怪我していませんよ」
私がそう言うと、オルリス兄様は赤くなったり青くなったりしたのち、くるりと後ろを向いて入口方面へ逃げ出そうとした。
そこにヴィル兄様が慌てて声をかける。
「兄上、待ってください!!な、なぜお守りなどを持たせたんですか!」
その声に立ち止まったオルリス兄様。
「…………し、……心配だったから」
「なんですか、心配って……。だって、兄上は……」
カッとなった時、僕を害そうとして……
泣きそうな声で眉を下げそう呟いたヴィル兄様に、オルリス兄様はゆっくりと振り向いた。
「……その、……。っ、……」
おずおずと何か言おうとしては口を閉じるオルリス兄様。
必ず、何か理由があるはずなのだ。
ゲームの攻略キャラだからとかじゃない。私が接してきたオルリス兄様は、喧嘩したくらいで人を傷つける人じゃないと思った。
ヴィル兄様だって、傷ついて反発しながらもどこかそう思っていたのだろう。お守りのことを知った今は、尚更何かを確信した顔をしている。
「オルリス兄様。なにか事情があるのでしょう?どうか教えてくれませんか?」
思わずそう助け舟を出すと、オルリス兄様が私を見た。
「アリス……。そ、うだよね……。アリスだって大変だったの克服したのに、僕だけ逃げてちゃ、駄目だね……」
そう呟いたオルリス兄様はぎゅっと目を閉じ、拳を握りしめた。
そして顔を上げる。
「 ……母上、ヴィル。聞いてくれますか?」
「! はい、兄上」
「勿論よ、オルリス……教えてちょうだい?」
オルリス兄様がどこか上目遣いにそう言うと、ヴィル兄様とフレシアおば様は緊張したような顔をして佇まいを直した。
「僕、植物魔法が得意だったのに……2年前、くらいから、制御ができなくなってしまったんです」
「……えっ?!」
驚くヴィル兄様とフレシアおば様。
そんなに驚くことなのかと首を傾げたら、そばにいたマチルダが小声で教えてくれた。
「アリス様。人の属性や魔力の質は、退化することは無いと聞いたことがあります。熟練して得意になることはあっても、出来なくなることはないとか。……なので、珍しいのではないでしょうか?」
「そうなのね……。ありがとう」
小声でお礼を言うと、マチルダは微笑んで下がった。
「冷静な時は大丈夫なんです。でも、僕が悲しんだり怖がったりすると、近くの植物が怒って勝手に相手を攻撃するようになって……。怒り出すと、止めてってお願いしてもなかなか止まらなくて。最近では、メイドの陰口を聞いて少し悲しくなっただけでも、部屋のハーブが殺気立ってざわめいて……もう今じゃ、怖くて、人に近寄れなくて……」
しょぼんとするオルリス兄様。
ヴィル兄様とフレシアおば様は、「だから話し合いしようとする度に、植物が暴れていたのか……」と短く交わして納得したらしく、顔を見合わせている。
……うーん? なるほど。これはあれか。
精霊に愛されすぎて、ヤンデレに困ってる的な感じなのかな?
そう考えていると、ヴィル兄様が声を出した。
「でも、それならなんで……なんで、あの時そう言ってくれなかったんですか?いや、2年前から……。何か言ってくれれば、力になれたかもしれないのに……!」
そのヴィル兄様の言葉に、フレシアおば様も堪らず声を出した。
「そうよ、どうしてそんな大切なことを黙っていたの?私はバージルの力は持っていないけれど、夫やヴィルなら、なにか出来たかも……!」
それを聞いて、オルリス兄様は辛そうに語る。
「母上、本当に申し訳ありません。僕はただでさえ自信が無い人間です。……なのに、自分の致命的な欠陥を打ち明けるなど……。バージルの跡継ぎとして育ててもらったのに、そういられなくなると思うと……もう、怖くて、怖くて堪らなかったのです」
ぽろりと涙を零したオルリス兄様は続けた。
「家の蔵書を読み尽くしても解決策が見つからなかった時は、ヴィルに家の継承権を譲って、静かにどこかへ消えようと思っていました。……僕のせいで皆を困らせ続けて、申し訳ありません。ヴィルも、悲しい思いをさせ続けて、本当に、ごめんね……」
とうとうぽろぽろと泣き出してしまったオルリス兄様。
ヴィル兄様はオルリス兄様の謝罪と事情を聞いて、悔しいような悲しいような、でも同時に安心したような声を出した。
「……わざとじゃなかったのなら、あの時のことは許します、兄上。……もしかしたらそれよりも、兄上の事をもっときちんと知ろうとせずに、危険視した僕達家族の方が……許してもらわなければならないかもしれないですね……」
ヴィル兄様が項垂れてそう言うと、オルリス兄様はぶんぶんと首を振った。
「それは違うよヴィル!だ、だって、皆、何度も何度も僕に事情があるんじゃないかって聞いてくれた。父上も僕を処罰せずに待って、勘当しないでくれた。……でも、僕は怖くて、隠し続けてきた……!」
「オルリス……」
フレシアおば様は苦しそうに胸を抑えた。
「どちらも怖がって、距離を取ったことがいけなかったのね……。でもオルリスはたった一人だったわ。母親の私があなたを最後まで信じるべきだった。ごめんなさい、オルリスっ……」
「母上っ……」
オルリス兄様はそれを受けて、酷く驚いたような顔をした。
それから。
泣きながらも、ふにゃりと、美しい花のように笑った。
「ううん……。ごめんなさい。…………あ、ありがとうっ……」
えぐえぐしつつ、感謝を告げるオルリス兄様。
「あ、あれ……?!アリス様、見てくださいっ!」
ユレーナが驚いたような声をあげる。
それと同時に私も目を見張った。
なんと、オルリス兄様の足元からさわさわと草花が生え、次々にその花が満開になっているのだ。
シ◯ガミ様?!
と突っ込みたくなったがお口チャック。
「あ、はわ、わわ……!」
足元を見てオルリス兄様がよろよろはわはわする。それを見てヴィル兄様はプッと吹き出した。
「は、ははっ!本当に感情に反応するんですね。これは人前に出るのが確かに難しい訳です」
「うう……」
恥ずかしそうに、困ったようにオロオロするオルリス兄様。
それをくすくすと笑いながら見守っていると、後ろで繰り広げられていた決闘が終わったらしい。
パーティー会場の庭に、拍手と歓声が響いた。




