34 アサメイ
「ただいま、アリスちゃんっ!」
「おかえりなさいませ、スーライトお姉さま!」
ヴィル兄様の第一回お勉強会が終わった次の日、領地に戻って教材の選抜をしてきたお姉さまが帰ってきた。
……大量の書物や道具、素材と共に。
「お姉さん、これはまた随分用意しましたね……」
「うふふ。これでもかなり減らしたのよ?」
お父様が珍しくドン引きした顔でお姉さまを屋敷に迎え入れる。
それもそのはず、なんとお姉さまはまるまる馬車一台分に近い荷物と共にやって来たのだ。
ちなみに馬車というのは、貴族が乗るための優雅なあの馬車ではなく、荷物運搬のためのガチな幌馬車である。
使用人たちがその荷物を次々と客間へ運搬していく。その様子を見守っていたお母様が、まあ!と声を上げた。
「懐かしい!あなた、見てください。これは私が練習用に使っていたアサメイですよ」
そう言ってお母様はひとつの短剣を手に取った。
「おお、入学のときに持っていたね。懐かしいなぁ」
お父様は懐かしそうに目を細めた。
「アサメイとはなんですか、お母様?」
私のファンタジーレーダーが敏感に反応した。どこかで聞いたような……。お母様は小さな短剣を大事そうに両手で持ち、私に渡しつつ説明してくれた。
「アサメイというのは、魔術を行使する時の触媒に使うもののことですよ。護符や道具を作る時に刃物として使ったりもするわね」
つまり……魔法の杖兼素材加工に使うナイフってことか!ひゅう!魔法使いっぽい!
そして思い出した。アサメイってあれだ、前世でも魔女が使ってたって激オカに書いてあった。
「戦のない時は仕舞っておいて、違う物を触媒にすることが多いけれどね。エレオノーレは杖に、私は指輪にしている」
「でも貴族なら誰もが、一度は自分だけの短剣のアサメイを学園で作るのですよ。それが貴族の仲間入りをした証になるのです」
「そうなのですね……!」
うわぁうわぁ、私も早く自分だけのアサメイを作ってみたい!
「アサメイ作りはローヴァインの第五学年で時間をかけて行うわ。それまでにどんなデザインにするか考えないとね」
私の興奮具合を見てふふっと笑ったスーライトお姉様が教えてくれる。そうか、五年生かぁ!
「それまでは家に伝わる短剣を練習用に使うことが多いのよ。……ジークムント、オーキュラスの短剣は少し大きかった気がするのだけれど、どう?ハイメの短剣を使わせてみては」
お姉さまがそう提案すると、お父様は真剣な顔で頷いた。
「確かにオーキュラスの短剣はアリスには大きいですね。ハイメのそれならエレオノーレが使っていたものだし、私も賛成です」
「私ももちろん賛成です。私とお揃いはどうですか、アリス?」
「はい、私もこれが良いです!」
私はにっこり笑って賛成した。お母様とお揃いだ!
話がまとまったところで、お姉さまと両親は今後の予定などについて話し合いを始めた。私は掌に乗せた短剣をまじまじと見つめる。
長さは大体25センチほどだろうか。かなり年代を感じる短剣だ。
柄は落ち着いたダークブラウンの木製、鞘も同じ色の木で出来ていて、細い金と銀のラインが絡み合うような装飾が施されている。
丸っこい柄頭には赤い宝石が埋め込まれており、持ち運びのことを考えてか、宝石と同じ色の紐で鞘と柄は軽く縛られていた。
紐を解いてそっと鞘から抜いてみると、両刃の小ぶりな刃が姿を現した。美しい刀身にうっとりとした私の顔が映る。
「よく切れるものですから、気を付けるのですよ」
「はい、お母様」
こっくりと頷いて剣を鞘に仕舞う。
「お父様、お母様。私、お父様とお母様のアサメイも見てみたいです。駄目ですか?」
「もちろんいいよ。荷物の運び込みが終わったら見せてあげよう」
「ふふ、……あなた達は大切に仕舞っておく派よね」
意味ありげにお姉さまが笑う。するとお母様がぽっと頬を染めた。
「もう、お姉さまったら」
ん?と私が不思議そうな顔をすると、スーライトお姉さまがふふふと笑って教えてくれた。
「婚約や結婚をした時、ほとんどの人がお互いのアサメイを交換するのよ。自らの魂の力を通してきた、唯一の剣を相手に託すの。そして、それを相手に見立てて大切に隠してしまうのよ。誰にも見せず、渡したくないって意思表示ね」
説明を受けて、お母様もお父様もちょっと照れた顔をしている。可愛い。
「お姉さまは違うのですか?」
そういえばお姉さまはいつも短剣を帯刀しているよな、と思いながら尋ねると、にやりと笑ったお姉さまは自らの短剣を持ち上げた。
「私は、自分の宝物は見せびらかしたいタイプなの。それにきちんと所有権は明らかにしておかないとね」
あ、あー。なるほど。うん。
オイディプスおじ様は私のものだとアピールしている、と。納得だ。そういう感じだよねお姉さまって。
「アリスにも、いつかアサメイを交換したい人が現れるといいですね」
お母様がおっとりと笑う。お父様は一瞬で死にそうな顔になった。
「アリス、もしそういう者が現れたらまずお父様に言いなさい。そいつのことは……まぁ、うん。苦しませないから」
……もし現れても、お父様に紹介するのは最後にしよう。と私は心に誓ったのだった。




