305 深緑色の竜
「番人が、死竜でなければいけなかった訳……」
床に座ったまま、アベルさんとしばし沈黙する。
これほどの技術があればゴーレムだのガーディアンだのもきっと作れただろうに、かつての皇族は何故わざわざゾンビを選んだのか。
予想でしかないが、ゾンビを作る技術は確実に「呪」のひとつだと思う。
生まれつきゾンビな訳が無いし、タロットには該当する属性のカードがないからだ。
……禁術だからこそ詳しい内訳がわからず、故に知識が曖昧なのだが。
かつて私にもふるわれた「呪」とは、命や自らの肉体を代償に行う禁術を表すらしい。
髪や爪ならばイメージがつきやすいかもしれないが、当然それだけでは終わらない。ルージは目玉や視覚聴覚などを失っていた。
他にも皮膚、骨、内臓、果ては全身まで、執念や願いの重さに合わせて代償は大きくなっていくという。
自分の肉体をタロットに見立てているとでも言えばいいのか、差し出せば、知識のない者も魔力がない者も全ての願いが叶うという。
同じことを考えていたのかアベルさんが顔を少し上げた。
「“呪”は、使用したことが分かればそれだけで重罪に問われる。それは、知識のない平民や魔力のない人間が突然の脅威になり得るからだ」
「そうですね」
「……君は、私のような朱眼がなぜ忌み嫌われたのか、その起源を知っているか?」
唐突な切り返しに少し惑ったが、言われて頷いた。
朱眼……つまり赤い瞳、そして高確率で白い髪をした人間は、“呪”の素材として最も相応しく効果が高いと言い伝えられていたのが起源だと聞いている。
本人が代償に差し出せば国が亡び、他者がその亡骸を入手して素材として使用しても高い効果が得られたという。
私としては情報源を出せと胸ぐらを掴みたい思いなのだが、しかし、アベルさんの魔力が異様に高いのも本当で。
きっと……その亡骸すらも残してはいけないという扱い、そして遺体を巡って争いが起きたりした過去が、次第に今の恐れ退ける扱いに繋がっていったのではないかと思うのだが。
考えていると、アベルさんがぽつりと呟いた。
「私の一族には度々、朱眼が現れた。それは秘匿されてきたが、家に伝わっていたのは“皇族に気づかれてはならない”というものだった」
「……皇族に、ですか?」
民衆に襲われるからとか、嫌われるからとかではなく。皇族に気づかれてはならないとはどういう事だろう。
「そうだ。今になってみればあいつらの魔術に対する異様な執着を知っているから頷ける話だが、私の同胞はやつらに食い物にされ続けてきたのだろうと思う」
「……!」
話の流れに鳥肌が立った。
「さっきの竜、瞳が……赤かったですね」
「ああ」
「……私、竜には詳しいつもりでしたが……」
死竜を見た瞬間、これは勝てない、逃げなければと思ったのには理由がある。
自他ともに認めるオカルトマニアであり、これまでにもヴィル兄様やローリエ様にドラゴン好きだと把握され、旅行に誘われる程度に騒いできた私は、この世界における「ドラゴン図鑑」も勿論じっくり読破してきた。
しかし載っていなかったのだ、「死竜」は。
三メートル前後で深緑色の硬い鱗、刃物のような尾……そしてなにより、赤い瞳の竜というのはいなかった。
図鑑に載っていないということは、強すぎて観察することができないということ。捕らえて観察できなかったということだ。
つまり無知な状態では勝てないかもしれないと思った。
だが実際は……存在を公にする訳にはいかない、ということだったのか。
アベルさんが俯いた。
「あれは、私の未来の姿のひとつだったんだろう」
それはつまり。
分かっているのに思考が混乱する。
結論を脳が拒否していた。
短めですが一区切り。




