301 宝物庫にて
お爺様の目がギラリと光る。
あれよあれよという間に「ズモモモ」という感じの暗雲が立ち込めた。
「好かん」
「す……そ、そうなのですか」
「うむ。あれと関わるのは絶対に止めなさい」
なんか、思っていたのと違う。
もっと真面目な感じで話されるのかと思ったが、随分感情的である。目が据わってるし。
どうやら個人的に嫌いらしい。
「ええと。どうしてそんなに……?」
問うと、お爺様は少し考えてから口を開いた。
「そうだね、例えるならあの皇子は抜け目のない蛇だ。あるいは腹を空かせた狐のように見える時もある。いずれにせよろくなものでは無い。……皇位継承権を放棄する前から怪しいとは思っていたが、最近の胡散臭さなどはわざとらしいほどだ」
「胡散臭……確かにそうですが」
「なにより、あやつはッ!!」
お爺様が拳を握る。そしてギンッと目を光らせた。
「くおぉ、許せん、許せんぞ……!!」
「おおおお爺様!?」
業火が燃え盛っているのを幻視するほどの怒りにたじろぐが、お爺様はしばらく怒りに震えていた。
なんとかこちらの世界に戻ってきた時にはこちらがハラハラしすぎて疲れてしまった程である。
取り乱したのを自覚したのか、お爺様はコホンと咳払いをした。
「ともかく、あれには極力近づいてはならん。どんな甘言をされようとだ」
「そ、それは勿論……」
「それとも」
──ふと、場の空気が静かになる。
「もう、何かされたのかね?」
「……!!」
見透かすような目。
お爺様のそんな目に射抜かれて、つかの間呼吸を忘れそうになった。
親戚の集まりで穏やかなほほ笑みを浮かべているのを見ると忘れそうになるが、リヒテライトお爺様の役職は外務卿だ。
人を見る目も、嘘を見抜く腕も、確かなのは間違いない。
ハイメ家はエドムンド派閥の台頭により一度落ちぶれかけた。
が、それを外務卿としての働きで盛り返したのがリヒテライトお爺様とそのお父上、つまり私の曾お祖父さんだと聞いている。
生半可な嘘は通じない。
「お爺様」
「うん」
一瞬だけ迷う。
例えば。
「イレ皇子に拉致監禁され、暴行を受けかけました」
「同じ侯爵令嬢のガブリエラ様はすでにその手に落ちており、電流責めなど非人道的な拷問を受けており、正気でなくなっている可能性があります」
「助けてください、次は私です」
と。
そう言えたらどんなに楽だろう。
きっとリヒテライトお爺様は私を厳重に守り、派閥の総力を上げて戦って下さることだろう。
だがその時には必ずこう聞かれる。
──どうしてイレ皇子に狙われたのかね? と。
それはつまり、タロット、アベルさんの事、私の事。
全てを包み隠さず言わなければならなくなるということだ。
それも外務卿という重責ある立場の人間に。
お爺様が魔術を悪用すると思っている訳では無いが、選択として、外交でそれを使う未来は避けられないだろう。
外務卿のお爺様には、その時選択しうる方法の中で最も低コストかつノーリスクな方法で帝国民を豊かにするという義務があるからだ。
が、ここまで真剣に目を向けられれば完全にはスっとぼけられない。
「私を助けてくださいますか?」
「勿論だとも」
「そのお言葉、違えませんね」
「可愛い孫のためなら全身の血を抜かれても笑えよう」
「ふへ……、ありがとうございます。……では」
お腹に力を入れて、ぐっと見上げた。
「今は言えません。でも、いつか必ず助けてください、リヒテライトお爺様」
ふむ、とお爺様が顎髭を撫でた。
その目がなぜかキラリと光る。
「ふむ。ふむ。……約束だけ取り付けようとはズルい子だ。しかしそう言われれば、言い出した私は撤回など出来なくなってしまうな」
「……えと」
「公爵家の名にかけて、言い出したことは成さねばなぁ」
わざと言ってくれている。
なので、私も乗ってみた。
「お爺ちゃんの名にかけて、ではなくてですか?」
「はっはっは!」
ひとつ笑ったお爺様は目を細めた。
「ではお爺ちゃんの名にかけて誓おう。聡明なお前が本当に困った時、真っ先に私を頼りなさい。それまでは好きにするといい」
「……!」
本当に何も聞かれないとは思わなかったので、少々面食らった。
が、お爺様は笑っている。
「アリス。お前は自分がどれだけ大切な存在なのかを分かっていないね」
「……?」
「我が娘エレオノーレはお前のおかげで救われた。だが、それだけではない」
まるで懐かしむように目を細めたお爺様は、私の頭をそっと撫でた。
その視線が不思議で見返すが、穏やかに微笑まれるだけだ。
「私を頼りなさい。エレオノーレやジークムントを通さずとも、いつでも話を聞く。いいね」
「は、い。 ……?」
仕上げのように頭をぽふぽふしたお爺様は、そう言うと満足気に去っていった。
最後のは……まぁ、リヒテライトお爺様は当然私が本物のアリスではないことを知っているはずだから、気を使ってくれたんだと思うが……。
なんだか意味ありげな振る舞いにはてなマークを浮かべていると、スーライトお姉様が戻ってきた。
「もう、お義父さまったら。私を追い出さなくてもいいのに」
「はは……」
プリプリしているスーライトお姉様は、それで、と私に向き直った。
「話はできた?」
「はい。……その、でも」
「分かっているわよ」
スーライトお姉様のメガネがキラリと光る。
「ここを見たかったのも本当なんでしょう? 存分に見ていくといいわ!!」
「ありがとうございます!!」
ヒャッホイ!! と宝の山に飛び込むとお姉様に笑われた。
見渡せば魔道具の海。
それもロマン溢れる美しい装飾が多い。
じゃぶじゃぶとクロールする勢いで見て回っていたが、繊細そうなアクセサリー型も多い。
壊さないように気をつけなければ。
「こっちは、もう壊れてなんの魔道具だったか分からなくなってしまったものが多いの。小さいものは壊れやすくてね……。資料として残しているけれど」
「そうなのですね。ううん、勿体ない」
スーライトお姉様が壁際に飾られたアクセサリーを手に取る。
魔石があしらわれたネックレス、竜をかたどった指輪、鈴蘭のイヤリング……。
いかにも厨二心をくすぐられるものばかりだ。
カバンからすちゃっとノートを取り出して手元の魔法陣をスケッチしつつ、そちらのアクセサリー類も書き留める。
あれはヨハンに作ってあげたら喜びそうだなとか、これはローリエ様に似合いそうだな、あれはアベルさんにあげたら怒られそうだな……など、スケッチしまくった私はほくほくしながら帰宅した。




