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300話記念番外・アベルさんとファニールくんと。

 人は何かに集中している時、とても無防備になる。

 例えば読書をしている時、食事をしている時、会話をしている時。

 とにかく何かに集中すれば──背中はガラ空きだ。

 

「ガラ空き、なんだよなぁ……」

 

 廃塔の外。

 ニヤニヤしながらとある人物を観察している私ことアリスは、はうぅんと身をくねらせた。

 

「はぁあ、可愛い!」

 

 思わず身悶えして小声で叫ぶ。

 そんな私の視線の先にいるのは──ファニール君だ。

 

 ここ最近身長が伸びてきたとはいえ、まだまだコロコロの子犬みたいなファニール君。

 そんなファニール君はここ最近とあることに夢中で、私がじっと見ていても全然気がつかないのだ。

 最初は何をしているのだろうと思ったのだが、なんてことはない。

 

 彼は──何故かアベルさんを熱心に観察して、まねっ子しているのだ。

 

 いやもう、まねっ子って響きが可愛い。可愛いが可愛いをしている。

 例えばアベルさんがマントの裾を払って振り返ったらその仕草を真似するし、呪文を詠唱する時に手を掲げていたらその角度まで真似する。

 アベルさんが保健室のお兄さんと化していたら自分も治療する側になるし、この前はアベルさんが足を組んでお茶を飲むポーズを真似しているのも見た。(足の長さが足りていなかったがそこが良かった)

 

 どうして急にまねっ子族になったのかは分からないが、ともかくその様は私の母性を高速連打で撃ち抜き続けている。

 

 そんなことを考えていると、アベルさんが廃塔から出てきた。

 森の中の訓練場まで子供たちを拾いに行くのだろう。

 子供たちは遊び疲れたり訓練に疲れたりしてよくその辺に落ちているので、アベルさんが頃合いを見て回収してくれているのだ。

 

 それを待っていたらしいファニール君が無表情ながらも目をきらきらさせて追いだしたので、私もその後ろからコソコソとつけて行くことにした。

 

「おお……アベルさんが枝を払う仕草まで真似してる」

 

 どうやら徹底して全てをトレースするつもりらしい。

 そんな感じでしばらくテクテク歩いていたのだが、しばらくするとアベルさんが森の中で立ち止まった。

 

「……?」

 

 自然、私とファニール君も立ち止まる。

 木の影に隠れて伺ってみるがアベルさんは動かない。

 チチチ、と鳥の声だけが静かな森に響く。

 

 すると、アベルさんがふっと顎に手をやった。

 考え事をする時にやるやつだ。

 ファニール君が慌ててその真似をする。

 

 そうして長考したアベルさんが顎から手を離し、次は耳に髪をかけた。

 すかさずファニール君が髪を耳に……かけようとするが、彼には人族の耳がない。

 ハッ!? と狼狽えたファニール君がしどろもどろと踊っていると、今度はアベルさんが前髪をかきあげて後ろへ流した。

 続けてファニール君を見ると……こちらは前髪をかきあげて後ろへ流すところまでは良かったのだが、流す時に両の獣耳を押さえることになり。

 その手が通過した瞬間、ぽいんっと音がしそうなほど可愛い勢いで耳が元の位置に戻り、その愛らしさに全私が死んだ。

 ウグォォオオオと令嬢らしからぬ呻き声を挙げそうになるが全力で我慢する。可愛いは時に残酷だ。


 そんな感じで見ていると……アベルさんが口元に手をやり、ピッと口笛を吹いた。すると一分と待たずに大鷹のドラちゃんが舞い降りてくる。

 アベルさんがひらりとその鞍へ乗るやいなや、ドラちゃんはふわりと上空へ舞い上がって空に消えた。

 ファニール君も“召喚(ザイン)”を唱えて飛行具で追おうとするが、慌てすぎたのか召喚に失敗しているうちに置いてけぼりになってしまう。


 アベルさんを見失って悔しがるファニール君はしばらくどうするか迷っていたが、やがて諦めたのか訓練場の方へ走って行った。

 

「しょげちゃったかな……」

「いや、あれは闘志に燃えている」

「ホワァッ!?」

 

 突然後ろから声がしてビャッと飛び上がる。

 振り向くと、アベルさんがドラちゃんからひらりと降り立つところだった。

 その顔はほんのり笑っている。

 

「き、気づいてたんですか!?」

「あれだけ見られたらな。君の視線も凄かったが」


 ドラちゃんを労うように撫でるアベルさんはくすりと笑った。

 

「私の何がそんなに気に入ったのかは分からないが、まぁ、悪い気はしないものだ」

「……さっきのもわざとですか?」

 

 獣耳をぽいんぽいんさせたり姿をくらましたりしたのも……と言うと、肩を竦めて笑われる。

 その顔はなんと表現すればいいのだろう。

 強いて言うなら──弟をからかう、兄みたいで。

 それがなぜだか嬉しくて、私は笑った。

 

「あれはアベル様に憧れているんですよ」

「ひゃわっ!?」

 

 また後ろから突然話しかけられて飛び上がる。

 振り返ると、声の持ち主はフレッジ様&イヴァン様だった。

 

「お、お二人共!?」

「ちぇっ。ファニールばっかり構ってもらってズルいです」

「こらイヴァン。……ファニールのやつ、誘拐されたアリス様をアベル様が助け出したっていう話に感銘を受けたらしくて」

 

 ははぁ、と急に納得がいった。そういう事か。

 どうやら、アベル様の救出劇がかっこよく見えたらしい。

 そういえばヒーローとか戦隊モノにハマる年代だもんなと思うとますます可愛くて、自覚できるほどにしまりのない顔になる。

 するとフレッジ様がくすくす笑った。

 

「あれは多分、もしコニーさんが誘拐されたら自分が……! みたいな感じで妄想してるんでしょうね」

 

 そう言われて、小さな王子様に救出されるコニー姫の図が浮かんで来た。可愛くてにやけてしまうが、確かに憧れる構図かもしれない。

 それに。

 

 私を助けに来てくれたアベルさんは──確かに、格好良かったと思う。

 

 魔力を使いすぎると命に関わるから、あの時は咄嗟に怒ってしまったけれど。

 閉鎖空間をぶっ壊して、夜空を背に華麗に降り立ったアベルさんは確かに格好良かったのだ。

 それを思い出してなんとなくアベルさんを見上げると、「?」と首をかしげられる。

 

 私はそれに、なんとなく誤魔化すように、へらりと笑って返した。

 

 

森の中の一幕でした。


楽しく書き続けられるのも、読んで下さる読者の方々のおかげです。ありがとうございます!

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