300 リヒテライトお爺様の話
昨夜も更新しているので、読む順番にご注意ください。
スーライトお姉様が消え、突然リヒテライトお爺様が現れたことに内心飛び上がりそうなくらいビックリした私だったが、なんとか型通りのカーテシーをしてご挨拶をする。
中身が残念であるが故に被ってきた「なんちゃって侯爵令嬢」の仮面の賜物である。
すると……何故か、それを見たリヒテライトお爺様はウンウンと満足気に頷いた。
「流石だな。驚かそうと思ったが、これも予想済みかね?」
「へ?」
「普段は皇城に詰めている私が家にいる時にわざわざ訪ねてきたのだ。私に話があるのだろうと読んで、スーライトは下がらせたのだよ」
「えっ」
めちゃくちゃ動揺して馬鹿みたいな反応しかしていないのだが、リヒテライトお爺様のニコニコおじいちゃんトークは止まらない。
「ウンウン、みなまで言わずともよい。お前が私に会いに来ることは予想していた」
予想? なんで???? と百個くらいはてなマークが乱舞する。
私が笑顔で硬直していると、お爺様は目を細めた。
「アテナは優秀だし、可愛い孫娘だ。……だが恐らく皇帝となるものの妃は、アリス。お前になるだろう」
「!?」
「それを分かっているのなら、皇城に務めている人間の中で最も身近な私の話を聞きに来ないはずがない。今お前がここにいることこそがその資格の証明とすら言える」
……。
い……。
言えねぇ~~~~~!!!!!
皇妃になるつもりもないしなれるとも思わんしそもそもなりたくねぇ~~~~~!!!!!!!!!!
そう脳内で絶叫するが、もう一人の私が「これは好機なのでは?」と囁いた。
つまりだ。
妃教育が気になるという体でいけば、城の中のことや皇族のことなどを色々聞いても不自然ではない。
もっと突っ込んでイレ皇子やガブリエラのことを聞いても全然おかしくはない……。
今知りたいことを全て質問しても不審がられないのだ。
そう損得勘定した私は、無理やりニヤリと笑った。
冷や汗は隠せていないかもしれないが、この路線でいくしかない。
「お爺様。私はアテナお姉様の幸福しか願っておりません」
「! ……ふふふ、私もそうだ。あの子が妃となり幸せになるのならそれで良いし、それが無理ならば……」
「ふ、ふへへ。勿論、私も、私に出来ることをするまでです」
明言はしないようにしつつ、ふへふへ言ってダラダラ冷や汗をかく。
するとリヒテライトお爺様はにっこりした。
「さぁ、どこから聞きたい? なんでも答えてあげよう」
「!」
来た、と思って脳内で拳を握る。
今気になるのは、アテナお姉様が安全に妃教育を受けられるのかどうか、イレ皇子とその所属する組織とはなんなのか、皇城にはなにがあるのか、ガブリエラはどうなっているのか、金色の薔薇とはなんなのか、等だ。いや結構あるな。
アギレスタ皇子周辺のことも気になる。知りたいことしかない。
まずは直近の問題、アテナお姉様関連から質問する。
「アテナお姉様は午後と夜を皇城で過ごされるということですが、皇城のどこが拠点になるのでしょうか?」
「場所かい?ふむ、妃教育と言ったら大図書館だろうね。外交の勉強には膨大な資料が必要だし、あそこは持ち出し不可の書が多い。寝泊まりするのも、まだ婚姻はしていないから後宮ではなく図書館に近い貴賓室だろう」
「なるほど……。では、お姉様の教育係はどなたになるのでしょうか」
私がそう問うと、リヒテライトお爺様は少し思案顔をした。
「表向きはトルスリア皇后陛下直々にということになっているが、実際は違うはずだ。皇太子の教育を担当した者達が着任すると聞いている。……だからこそ反対など出来ないが、アテナは苦労するかもしれないね」
「……」
「皇子がああだからね。アギレスタ皇子については、素質の問題ではなく取り巻きが良くなかったと私は考えているよ」
痛烈な批判に、何故か少し心が痛くなる。
しかし、リヒテライトお爺様は軽く目を伏せた。
「この国で実権を握るのはほぼ皇帝。皇妃ではないから、これは由々しき事態だ。が、唯一の救いはアギレスタ皇子が真の愚物ではないという点だ」
「真の……?」
「あの方はあまりにも境遇が悪く現状も酷い。が、これも大っぴらには言えんが……瞳の奥の光は失っていないように見える」
瞳の奥の光。
そう聞いて、私は少し思うところがあった。
彼は何らかの魔術で操られたり、恐らくはイレ皇子によって生活を覗き見られて操作されている。
心の闇も深そうだった。
なのに……時々自力でそれを破っていたし、私を助けようとまでした。
私が誘拐されて牢屋に閉じ込められた時、「このままではいけない」とハッキリ言って私の目を見たのだ。
その直後にまた呪縛されたようになっていたが、彼の中の何かは死んでいない。
私の表情を見たリヒテライトお爺様はまたひとつ頷いた。
「皇子を支える人間は強く賢く、取り巻きに左右されない心を持った人間でなくてはならない」
「そうですね」
「アテナがそうであればと私も当然願っているし、期待している」
そう言うリヒテライトお爺様は本当にそう思っているようで。
しかし……切なげに目を細めた。
全てが本心なのだろう。
全て。
つまり、孫娘に期待していることも、そうはならないだろうと思ってしまっていることも、両方が紛れもない本心なのだ。
私としてはアテナお姉様がどんな大人になっていくのか見当もつかないから、なんとも言えない。
繊細な人間同士だからこそ分かり合えたり、逆境で助け合い絆が生まれることもあるだろう。あるいはどこかでスーライトお姉様のように覚醒して強い女性になる可能性もある。良い夫婦になるか、ならないかなんて分からない。
未来のことは何も分からないのだ。
唸りつつ、私は次の質問に移ることにした。
「お爺様。ヴィランデル家のガブリエラ様は今どうされていますか?」
「……うむ」
「お姿を学園で見ませんし、お触れが出たあとは続報もなかったので、気になって」
ガブリエラの名前を出すとお爺様は難しい顔をした。
うん、と小さく呟いてから私を見る。
「大人しい、としか言えん。少なくとも喋っているところを見たことがほとんどない」
「え」
ガブリエラと言えば常に喋ったり怒鳴ったりしているイメージしかない。
それが、ほとんど喋らない?
「それは変ですね。……ガブリエラ様もアテナお姉様と一緒に妃教育を受ける予定なのですよね。その、気性の激しい方だと思うのですが。溜め込んでいていきなり爆発したりしないでしょうか」
「ううむ。私もそう思っていたのだが、相当厳しく躾られたのだろうな。礼儀作法も完璧だし、変にぎこちない感じもない」
どういうことだろう。
そう思ったのだが、私は急にピンと思いついたことがあった。
それは──どうしてだか、前世のテレビで見た腹話術師の動きだった。
腹話術師が喋る時、人形ふたつと自分、つまり三人が同時に喋ることはない。セリフを考える頭も、発音する喉もひとつしかないからだ。
もし、ガブリエラがアギレスタ皇子と同じようにイレ皇子により呪縛されているのなら、学園に通っている皇子の操作と自分自身で手一杯で、ガブリエラはほぼオートで動かしているだけということではないだろうか。
それならば礼儀作法が完璧なのも、逆に納得がいく。
考え込んでいると、リヒテライトお爺様はそんな私を見て大きく頷いた。
「何か心当たりがあるようだね」
「そっ、そういう訳では無いのですが……」
「言わずとも良い。確証がないことをみだりに話さないのも、かしこい証左だ」
物凄いスピードで誤解されている気がする。が、現状否定することも出来ない。
うんうん唸っているとお爺様が口を開いた。
「さて、まだ気になることがあるのだろう?」
「あ、はい。……その、うんと」
あまり長話をするのも怖い気がしたので、直球で切り出す。
「イレ皇子について、どう思われますか?」
私がそう言うと。
──お爺様の、目の色が変わった。
次の更新は300話記念に小話をひとつ挟もうと思っています。アベルさんとファニールくんの予定。




