299 ハイメ家の宝物庫
「いらっしゃい、アリスちゃん」
「こんにちは、スーライトお姉様。急なのに応えて下さりありがとうございます」
情報収集のため、ハイメ家上屋敷にやってきた私を出迎えてくれたのはスーライトお姉様ご本人だった。
アメジストセージの紫が美しい庭に通され、東屋に招かれる。
ハイメ家のメイドさんがお茶セットを用意して退席したあと、早速お姉様は話し出した。
「アリスちゃんから個人的に話があるなんて言われたのは初めてね。昨夜はドキドキして眠れなかったわ!」
「そ、そうなのですか?」
前のめりで目をキラキラさせるお姉様に仰け反りつつ、私は準備していた話題を持ち出した。
「ハイメ家に伝わるアサメイを下さった時、他にも色々教材として持ってきてくださいましたよね。実は、その時に見た魔道具がいくつか気になっていたんです。それを参考に見せていただきたくて」
リヒテライトお爺様に皇城の事を聞くのが目標だが、いきなりお爺様にその話を聞きに行くのは現実的ではない。
なのでお爺様が上屋敷にいらっしゃるタイミングを探って、「魔道具を見せて欲しくて、スーライトお姉様に会いに来た」という体で訪ねてみたのだ。
しかしそう言うとスーライトお姉様は分かりやすくがっかりした。
「なぁに、そんなこと? てっきりまたとんでもない事でも計画していて、その片棒を担がせてくれるのかと思ったのに」
「ソッソンナコトハナニモカンガエテマセンヨ!!」
実際は帝国の中枢へ突入して潜入捜査する準備に来たので過去一ヤバいことに手を染めようとしている訳だが、そんなことは言えるわけが無い。図星すぎてロボットのようになりかけるが、私はお茶をごくごく飲んで何とか持ち直した。
「そ、そういえばアテナお姉様のご様子は如何ですか? 今はご自宅で最終調整をされていると聞きましたが」
「ん……そうね」
スーライトお姉様は少し困った顔をした。
「これまでも妃になる事を視野に入れて育ててきたから、大きな問題は無いのだけれど……アテナは本当に自信が無いのよね。作法は合っているのにオドオドしてしまったり、焦って頭が真っ白になったりしていて」
「そう、なんですね……。責任が重いことですし、いつもより緊張していらっしゃるんでしょうか」
「そうね。……だけど、実はそれ以上に妙なこともあって」
「妙なこと?」
私が聞き返すと、スーライトお姉様は首を傾げた。
「時々嬉しそうな顔をすることがあるのよ。あんなに緊張して嫌がっていたのに、たまに思い出したようにね」
「……?」
「どうしたのって聞いてみたら、皇城の大図書館にしかない本が読みたいんですって。本好きなアテナなりに楽しみを見出そうとしているのかもしれないけれど。なにか引っかかるのよね」
母の勘だけど、と言ってスーライトお姉様は私を見た。
「こんなことをアテナより年下の貴女に頼むのはおかしいと分かっているのだけれど……アテナは来週から午前を学園、午後を皇城で過ごすスケジュールになるから、昼間だけでも様子を見てあげて欲しいの」
「えっと……わかりました。何ができるかは分かりませんが、私で良ければご協力します」
しっかりと頷きつつ少々不安に思う。
私は人の気持ちに疎いところがあると自覚している。
何かに夢中になってしまうと特にそうで、夜明け団の子供たちを寂しがらせることも少なくなかった位だ。
ガブリエラの時だって、逆上させたことに気づけなかったし……。
しかし、スーライトお姉様の頼みなら断れない。なによりアテナお姉様は大切な身内だ。
ふんすと意気込みを新たにしていると、スーライトお姉様が可笑しそうに笑った。
「ほんっと、アリスちゃんと話してると……ふふ、なんて言うのか知らねぇ。同年代の母親と話してる気持ちになるのだから不思議だわ」
「そ、そうですか……ハハハ」
実は同年代だし、あなたの娘とほぼ同じ歳の子供たちの面倒を見ているので当たらずとも遠からずなのですよ……とは口が裂けても言えない。
ひとまず私は話題を変えることにした。
「えーと、お茶も飲み終わりましたし、お願いした物を見せて頂いてもいいですか?珍しい魔道具を見れば面白い新作が生まれるかもしれません!」
「ふふ、それは楽しみだわ。じゃあ宝物庫の方に行きましょうか」
そう言われて早速案内され、厳重な鍵をかけられた金属扉の前に立った。
お姉様がいくつかかけられた鍵を解錠し、呪文を唱えて最後の鍵を開ける。
すると重そうな扉がひとりでにゆっくり開いた。
「さ、言っていたのはどれのことかしら。好きなのを手に取っていいわよ」
「お……おおお……!!!」
スーライトお姉様が横にはけた瞬間、広がった光景に思わずヨダレが垂れそうになった。
そこにはまさに垂涎物のお宝が山のようにあったのである。
「こ、これはなんでしょう!?」
「ん? ああ、それは浄水の魔法をかけた石ね。戦の時に使ったと聞いているわ」
「こ、こちらは!?」
「それは……確か、式典の時に使うブローチね。使用者を魅力的に見せると言われているわ」
「はわぁぁ……!!」
宝物庫の中は家一軒は入りそうな広さがあり、そこに所狭しと魔道具が並んでいる。どれも古い魔術を使われた貴重な品ばかりだ。
それを逐一手に取って質問する私に気を悪くするでもなく、お姉様はクスクス笑いながらあれこれ答えてくれた。
もちろん、アルヘオ文字を使えば再現は容易な物が多い。
しかし、昔の人々が知恵と工夫を凝らした魔道具はとても興味深く、本当に参考になりそうだった。
そうして、本来の来訪の目的を忘れてやり取りしていたのだが。
「こここ、この杖は……!? 見たところルーン文字を使った簡単な装置に……あっ二重構造!? す、凄いですこんなにコンパクトに……あのスーライトお姉様、ここは」
そう言ってパッと振り向いた私の目の前に立っていたのは、スーライトお姉様ではなくて。
「……ふぁ?」
「こんにちは、アリス。相変わらず勉強熱心で素晴らしいことだ」
──なんと目的の人物。
にこにこして後ろ手を組んだ、リヒテライトお爺様だった。




