297 秘密の首領たち
場所は廃塔下層、団員との作戦会議や講習に使っている部屋。
そこの大テーブルへ夜明け団上層部のメンツを揃えて座り、私とアベルさんは真剣な表情をしていた。
「たった二人で、皇城に……潜入……!?」
ひええと声を漏らしたのは、アウルム、プラティナ、ディアマンテ3クラスの代表こと「取りまとめトリオ」のひとり、アーサー様だ。
悲鳴をあげて青くなった彼の背中を「アリス様ならきっと大丈夫ですよ」とシン様が撫でる。
最後に、マリア様が口を開いた。
「あの、それがきっと必要なのはわかるのですが……でも、本当に大丈夫なのですか?」
「大丈夫、と断言は出来ませんが……それなりの準備で臨みます」
彼らが不安がるのも仕方がない。
私とアベル様は、彼らに「国の中枢に魔術を悪用しようとしている集団がいる」という話をした。
それと同時に、その中心人物が大教会襲撃の時に私を誘拐した犯人であり、この夜明け団も狙われているとも。
そう話した上で、その組織についてと、ガブリエラのニュースを確認するために皇城……つまり敵の本拠地に突っ込んでくると話しているのだ。
できる限り包み隠さずそんな話をしたのだが、幼い彼らとて皇城が国の中枢の地であることは分かっている。
教師組もレイ先生も事の大きさに思案顔をしているし、私とて楽観視しているわけではなかった。
「勿論、貴族として正面から歩いて入ることも出来ます。しかし、それでは構えられて情報収集の意味がないのです。皇城の裏の部分を知るためには、潜入しなければいけません」
私がゆっくり説明すると、イヴァン様がガタッと立ち上がった。
その表情は真剣だ。
「アリス様、俺も連れて行ってください」
「!」
正直、「にゃぁぁん!俺も!」と駄々をこねられるかもと思っていたので驚いた。
しかし、実際のイヴァン様は事の重大さを理解して真剣に話してくれている。
この一年で成長したのは魔術の腕だけではなかった。
「イヴァン様……、いえ、いけません。これは大教会を撹乱した時とは訳が違うのです」
「どうしてですか」
「あの時は、向こうもこちらも力が未知数でした。しかし、今はこちらがある程度の力を持っていると敵に知られています。つまりそれだけ警戒されています」
「なら……!」
追いすがろうとするイヴァン様の腕を、横に座っていたフレッジ様が掴んだ。
「イヴァン、今の僕達の位階はなんだっけ?」
「……小達人」
イヴァン様が悔しそうに小さく呟いた。
──小達人。
それは、夜明け団の再編成に伴って設置した習熟度ランクの名称だ。
本家・黄金の夜明け団に倣って付けた名称は以下の通り。
外陣(一般団員)
・新参者
・熟練者
・理論者
内陣(上級団員)
・小達人
・大達人
外陣が子供たちという認識で間違いない。
そして、内陣はローリエ様、レティシア様、ダブルリーダーや取りまとめトリオ、ヴィル兄様の同級生組、そしてレイ先生という感じだ。
「イヴァン、ではアリス様の位階は?」
「……っ、秘密の首領級、魔術師。くそ、わかってるよ……」
イヴァン様の言う通り、恐れ多くも私とアベル様は魔術師の地位に設定した。
本家のことを考えると随分高尚な地位に自らを置いたので、かなり恥ずかしいのだが、「内陣のメンバーへ新しい知識を与えて団を導く」という仕事内容からこう定めた。
秘密の首領が秘された知識を内陣に与え、それを適切に処理して内陣メンバーが外陣へ伝達するという形態だ。
「イヴァン、だから僕達は留守番だ。……だけど、留守番だからこそやれることだってきっとあるよ」
「……変に冷静だな、フレッジ」
「そう見える?」
ふーん、と言うフレッジ様はにこやかだが、私からすると大変に怖い。正直直視しがたい。
だが、彼は私に対して怒っているわけではないらしかった。
「僕達、確かに凄く力をつけたけど……この前の訓練だって結局撃墜されたじゃないか。あれが敵との戦いだったら、僕達は魔獣に助けられることも無く地面に叩きつけられてた」
「……っ」
「死んでたよ」
うぐう、とイヴァン様が耳をヘタレさせた。
そんなイヴァン様を見て、レティシア様が拳を握ってこちらを見た。
「たっ、確かに私たちは戦えません……でもでも、なにか出来ませんか!?」
「私も、です……何かしたいのです」
「レティシア様、ローリエ様……」
レティシア様、ローリエ様もこの一年で随分成長して、今では飛行具に乗りながらアルヘオ文字術を使えるようになった。
しかし、実践となると心もとないのも確かで。
今回は武力で乗り込む訳では無い──むしろそうなったら恐らくゲームオーバーなので慎重に行く訳だが、もしもの事がないでもないし。
役に立とうと意気込む彼らをどう抑えるかと考えていると、レイ先生が口を開いた。
「彼らのことは私とヴィルヘルム、レギオンとユセフで鍛えておくわ。どーんと任せて、安心して行ってきて」
「レイ先生……!」
レイ先生はこの一年で、その勤勉さと貪欲さによりあっという間に大達人級になった。
つまり、今伝えている技術は全て実践で使いこなせる。
そんな先生の頼もしい言葉に感動しかけたところ、笑顔でピキッた音がして。
ずずいっと顔を寄せて頭を掴まれ、ドスを効かされた。
「それはそうと。怪我して帰ってきたら三年は学園の敷地から出さねえぞ」
「うぐぅ……!」
「アベル、お前もだ」
「な、何故私まで……」
「そのタメ口と尊大な態度で忘れがちだが、お前、俺より全然年下だぞ。黙って安全に徹しろ」
「……まぁ、善処する」
「おまそれノーじゃねぇか!」
ギィィと怒りの声を上げたレイ先生だが、はぁとため息をついて椅子に座り直した。
そして真剣な様子で髪をかきあげる。
「まぁあなた達の事だし、勝算があっての事だろうからつべこべは言わないわ……でも、これだけ心配されているってこと、忘れないで」
「……! はい!」
「この話をしていない外陣の子達なんて、もしあなた達に何かあったら……いいえ、擦り傷で帰ってきたって不安がらせて泣かせることになるわよ」
「うっ、はい」
「私も泣くわよ」
「えっ!?」
「泣いて泣いて、うっかりアベルに女装させてしまうかもしれないわ。そしてそんな超面白い絵面をアリスに見せないように徹するわね」
「鬼?」
後半の流れがおかしいが、ともかくこれで主要メンツへの説得は済んだ。
ちなみにヴィル兄様がぐぬぐぬして一言も発していないが、これは兄様が私とのタイマンで負けて説得され済み(もしこっそり付いてきたら一年間短パンでケモっ子コスの刑)だからだ。
「では、決行は今週末にします」
「分かったわ。……でも、どうして今週末? あなたなら今からでも乗り込みそうなものだけど」
「実は、アテナお姉様が」
私は頬をぽりぽりした。
これは少々私情が混じっているからだ。
「アテナお姉様はガブリエラに対抗して許嫁に立候補されたのですが、それにより、午後に皇城で妃教育を受けられることになったのです。それが今週末からで」
「ああ、なるほど。見守りたいのね」
「はい。初日だけでも様子を見たくて」
なにしろリヒテライトお爺様情報によれば、今の皇城の支配率は六割がエドムンド派閥らしいのだ。
それほどに富の力は大きい。
つまり、アテナお姉様は十一歳にして敵だらけの中で教育を受けることになる。
それが心配でないはずがない。
とはいえ私達の方が危険なことをするのだから、それだけに注意を向けることはできないのだけれど……。
そんなこんなで報告会議を終え、私とアベルさんは準備に取り掛かった。
本家ネタを沢山入れてしまいました。
○○級って、ロマンですよね。




