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294 星のカーテン


「あの子達も心配しているぞ。さっきも“アリス様をお昼寝させてください”と言われた」

「う……よ、夜はちゃんと寝ていますよ?」

「そのクマでか?」


 ぎくぎくっ、と肩をビクつかせた私はじりじり後退りつつ視線をあっちこっちにやる。

 くっそう、お化粧できる年齢ならごまかせたのに。

 内心でそう思っていると、アベルさんが腕を組んでジト目で迫ってきた。

 

「子供の体には長い睡眠が必要なはずだ」

「そ……そですね」

「かしこい君は、子供の不摂生が後々重大な問題を引き起こすこともあると知らないはずはないな?」

「え、ええ勿論」

「ついこの間もイヴァンとフレッジに“野菜を食べろ、さもなくば極・モフリの刑だ”だなどと脅迫をかけて逆にモフってくださいと返され逃げ回っていたのは君だったと思うが」

「あれは怖かった」

「ところで君の食事量をヴィルヘルムが憂いている」

「うぐっ」

 

 いよいよ追い詰められた私はビタリと壁に張り付き、滝のような汗を流した。

 そこへトドメが刺される。

 

「今日だって、君がうつらうつらと船を漕いで壁に頭をぶつけているのを見たぞ。さぁ、昨夜は何時に寝た?」

「…………えーっと……うぐう……」

 

 言えない時間です、とはまさに言えなかった。薄らと朝日が射し込んできていたのは覚えているからだ。

 

 そう、研究を焦るあまりに私は、セルフ社畜生活をしがちになっていた。

 側近たちに全力で阻止されているが、ベッドに入ったところで目が冴えれば考え事を始めてしまう。

 何故なら……あの文字はこんなこともできそうだ、あのタロットはこうやって実験すれば安全じゃないか、廃塔の警備体制をこう見直したらどうか、ガブリエラはどこにいるのか、イレ皇子は何がしたいのだろうかなど、考えるべきことは無限にあるからだ。

 食事中にもついぼうっと考え事をして手が止まってしまうし、不安に駆られれば食欲も失せるし、敵陣営の情報を集めたいと思ったら偵察の魔術を研究したり、こっそり実践したりと手を動かしたくなってしまう。

 七割は大好きな魔術の実践なので精神的な負担は少ないのだが、体が眠気を無視することは非常に増えた。

 

 まぁ、私も約十歳の子供がそんな不摂生をしていたら同じように怒る。

 怒るのだが、こればっかりは私の性なので見逃して欲しいと思うところであった。

 

「今日はちゃんと寝ますので……!」

「先週もそう言っていたが、結局日中に立ったまま寝ていたぞ」


 アベルさんが青筋を立てている。もうこうなると観念するしかない。

 私が白旗を上げるように「ね、寝ます……」と言うと、アベルさんはようやく頷いた。

 

「ハディ」

 

 低い声がポツリとその名を呼ぶと、高いところにある開かれた窓から風のように大型の獣が入り込んでくる。

 猫科特有のしなやかさで着地したハディがするりとアベルさんに擦り寄った。

 アベルさんとハディは一瞬アイコンタクトをする。

 するとハディが私にそっと近づき、鼻面で私の背中を押しだした。

 

「ふふ、くすぐったいよハディ」

 

 ふへふへ笑っておでこを撫でてやりつつされるがままになる。

 すると、隣の部屋に作った休憩スペースへ連れていかれた。

 様子を見ていると、ハディがどっかりとそこへ横になる。そして「来て」とでも言うように私を見た。

 そうされれば魔法のようにフラフラと歩き出してしまうのが私である。

 

 モフッとふかふかのお腹に顔を埋めると太陽の匂いがした。

 今日は随分日向ぼっこしてきたらしい。

 そう思っていると、背後でアベルさんがぼそりと詠唱した。

 

「幾夜のまどろむ夢 銀の星 金の月 ……」

 

 夜のワードが優しい声で淡々と紡がれる。

 カーテンが一斉に閉まり、辺りが暗くなる。

 すると、黒くなった天井にかすかな光がいくつも灯った。

 それはきらめく星だ。

 

「夢の主 宵の夢 夢の星……」

 

 とつとつと言葉が紡がれる度にまぶたが重くなっていく。

 アベルさんが指を振ると月が生まれて、星が星座を形作った。

 睡眠の魔術かとも思ったが、きっとこれは、私の周りに夜の気配を作ってくれているだけだ。

 そうされるだけで眠くなるほど……ここは心地いい。

 ハディのお腹と、魔法の星と、アベルさんの声。

 外では夏の虫がお祭り騒ぎをしているけれど、ここには涼しい風と宵闇しかない。

 天蓋のように私を取り巻く星月夜のカーテンが閉じていって、自然とまぶたが落ちた。

 

「寝ていなさい。その間は、私が君の代わりを努めよう」

 

 そう言われて、お礼を言うよりも早く、私はことんと眠りに落ちた。 

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