293 夜明け団と保健室のお兄さん
お久しぶりになってしまいましたが、再開致します!
うーん書くのが楽しい……!
向日葵が咲き誇る夏。
そんな夏も後半、まもなく夏季休暇が終わる頃……ローヴァイン離宮魔術学園の裏手にある森には、断末魔と空気を裂くような鋭い衝撃音が響き渡っていた。
悲鳴が続き、空中へ放り出された人影が大型の獣の口にキャッチされ、羊のように連れ去られていく。
それでもなお襲撃の音は止まらない。
バシュッという恐ろしい破裂音や叩きつけるような水の音、さらに獣の唸り声が三重奏を奏でて地獄絵図が空に展開した。
次々に新たな犠牲者が悲鳴を上げてぶっ飛んでいく。
撃墜された人影に手を伸ばして「あぁ……!!」と悔しげな声を出した者も、その隙を突いて撃ち落とされ、儚く空へ散っていく。
その場には仇討ちに燃える者もいれば、暗躍の愉悦に口の端を吊り上げる者もいたが──しかし、戦意を喪失して逃げる者は誰一人いなかった。
「壮絶だな……」
「そうですねぇ~……」
さながら地獄絵図のようなその光景を高みからのんびり見下ろしているのは、私ことアリス・リヴェカ・オーキュラスと、共同研究者のアベル・ジャーヴィスだ。
ちなみに今行われているのは、決して殺し合いでは無く……我らが「金色の夜明け団」で流行っている遊びである。
今や団員全員が所持するようになった「飛行具」に乗って、水の魔術─もちろん、アルヘオ文字による即時発動魔術─でどデカい水鉄砲を撃ち合い、墜ちたら負けというルールでチーム対抗の空中戦をやっているのだ。
本当に落ちたら危ないので、もちろん安全策は打ってある。
それが大型魔獣による空中キャッチであった。
飼い慣らして完全に無害化した魔獣・虎のハディや鷹のドラちゃんは優秀なサポート役だ。
今はアベルさんがドラちゃんに騎乗しているので、走り回る役目は主にハディが担っている。
「さーて、そろそろ出番でしょうかね……!」
戦局を見下ろした私が興奮を隠しきれずに片腕をぐるぐる回すと、その仕草を見たアベルさんが「闘牛か君は」と遠い目をした。どちらかというとドッヂボール前の小学生のつもりだったがそれも否めない。
星の飾りがついた飛行具をぎゅっと握りしめると、アベルさんがその長さを見てふむと呟いた。
「それ、そろそろ作り替えるか。また身長が伸びたな」
「え、そうでしょうか……?」
「ああ。身長に合わせた方が使いやすいだろう」
自覚はなかったが、また背が伸びたらしい。そういえば私の周囲……特に獣人リーダーのイヴァン様とフレッジ様、そして私の側近の双子・デュカー兄弟もすくすく伸びている。
出会った頃は私と同じくらいだった彼らも、いつの間にか目線が私より上になってしまった。
「そうですね、今週末あたりに調節します。ついでに他の子の分もメンテナンスしちゃいましょうかね」
「ああ」
そんな会話をしつつ思う。
──飛行具が実用化されてから、もう一年以上が経っているんだな、と。
それはつまり……。
イレ皇子に誘拐され、アベルさんに救出された一連の事件から約一年が経っているということで。
拷問されていたガブリエラは休学扱いとなって姿を消し、イレ皇子は稀に登校しているようだが私の前に現れなくなった。
アギレスタ皇子もとんと姿を見ない。
皇子の方は単位に差し障るので通常授業は受けているようだが、側近たちの偵察によると例のキラキラモードで差し障りのないことしか話さない様子だそうだ。
急に問題が起きなくなったので、私としてもどう探りを入れるか迷いはした。
なにしろ、今使えるチートを使っても情報があまり入ってこないのだ。
焦ったが……しかし、私はこの期間に「自分の武器」を磨くことに専念することにした。
貴族の派閥のことについては親族から情報も得ており、自分でも情報収集しているが、対抗手段がないことにはどうにもならない。
そうして一年経って、今がある。
「大将の出番だ」
「今日は早いですね……よぉーし、行きますよ!!」
アベルさんに背中を押されて飛行具を発進させる。
このゲーム、味方チームの人数が一定数撃墜されるまで大将は陣地から出てはいけないのだ。
しかしそれが規定に達したらしい。私はするりと飛行具を滑らせて宙を飛んだ。
「あっ! うぁああアリス様が来たァ!!」
「ぎゃんッ!! 逃げろぉ!!」
「にゃぁあああ来ないでぇぇえ!?」
私の姿を見たケモっ子達が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
悪いなと思いつつ、魔術の実践にテンションの上がった私はにんまりと口角を上げた。
「逃げないでください……寂しいじゃないですか♡」
そう言いつつ、空中に巨大な水鏡を出現させる。
直径二十メートルはあるそれに向かってアサメイを向け、まずヨッドの文字を魔力でもって切り込んだ。
これは隠者のタロットに呼応する文字で、「導き」を司る。
すると、狙い撃ちしたい数名の団員の姿が水鏡に映し出された。
向こうからもこちらは見えていて、必死に速度を上げて逃げる姿が映っている。
次にツァディ、増水の文字。これにより膨大な水量で相手を攻める。
最後にベートで速度を固定し、テットの文字で全ての文字の働きを調節する。
組み合わせる文字は多ければ多いほど扱いが難しくなるが、この位なら序の口だ。
そうして──私はアサメイを振り下ろした。
「いきますよ。……“ラメッド”!!」
声が相手に届く前に、魔力の奔流が水鏡を突き抜けてミサイルのように飛んでいく。
槍のような無数の水龍がドッと空を泳ぎ、咆哮をあげて子供達に襲いかかる。
が、それらが見えない壁にぶち当たるようにして激しく弾け飛んだ。
パラパラと雨のように水滴が落ちてくる。
「ふー……ギリギリ成功!」
「へへーん、アリス様の戦法はもう見切りましたよ!」
水鏡の向こうでエッヘン!と胸を張って飛行具に乗っているのは、対抗チームの合同リーダー……金狼族のフレッジ様と黒猫族のイヴァン様だ。
二人はふよふよと飛行具で宙に漂いつつ、それぞれ飛行具の上に寝そべってみたり、逆さまになってみたり、「楽勝ですが?」というポージングであからさまに私を煽ってきた。
「ふふ……」
満面の笑みが漏れる。
こうでなくては。
こうして、こうして、魔術というものは高め合わなくては!
サイコー!! と変態的な雄叫びを上げるのを我慢しつつ笑う。
あははうふふと花を散らしていると背後でアベルさんがドン引きしたのが分かった。
分かったけど特に止める気はない。
「では、これはどうでしょうか?」
にこーりニコニコ。と笑って手元を操作する。
手元に浮かべているのは、魔力を濃密に込めた、二十個ほどの水塊だ。
そこへカッカッと「文字」を刻む。
カッカッカッと刻む。
ガッガッガッガッと刻む。
ごりごりごりごり、ごんごんごんこんごんと、周りの人の顔色が青くなるまで濃密に刻む。
「さぁ、行きますよ!」
私はさわやかに宣言した。
文字を刻み終わり、くるっと回って、それを飛行具の尾でバシンと払って出発させる。
すると落下する流れ星のように飛び出した無数の塊は、水鏡をすぽんと通ってマークした者たちへ先程より早い速度で襲いかかり、まとわりついた。
「っうぉあ、がぼごぼ!!??」
「きゃいんっぶべごば!!」
「ぶにゃっみむめも!?」
向こうから様々なくぐもった悲鳴が聞こえる。
なぜなら……力を込めた水塊を、ヴァヴの文字で相手の体に固定したからだ。
鼻は避けたから息はできるはずだが、全速力で飛び回っている競技中にそんな目に合えばパニックにならないはずが無い。
という訳で、びっくり戦法として実施してみたところ……。
◇
「やりすぎだ、この馬鹿者!!」
ちびっ子達にとっての「保健室のお兄さん」と化しているアベルさんから、落雷のように激しく怒られた。
あまりの剣幕に足が宙に浮いたような心地になる。
「だ、だって、だって……」
「だってじゃない。彼らを鍛えたいのは分かるが、ほどほどにしろ。落ちた飛行具がまた十本も木っ端微塵になったんだぞ」
「うう……。はい……」
はぁ、とため息をついたアベルさんが甲斐甲斐しく彼らの世話を焼く。
ちびっ子達は「平気ですよ~」「楽しかったぁ!」とぽやぽやしながら笑顔でおやつを食べているが、全員が私に撃墜されて魔獣のヨダレまみれになっている。今、アベルさんはそれをツカツカ歩きながら拭いて回っていた。
すっかり保護者が板についている。
まぁ、確かに全員撃墜はやりすぎだったかもと私は反省した。
……が。
私の中には、それでも。
それでもなお、彼らを守り育てるのには、これでは足りないという気持ちがあった。
「…………」
「アイツのことを考えているのだろう」
「……いえ」
「確かに、あいつが……その背後の組織が本格的に動けば、何が起こるかは分からない」
「……っ」
「しかし彼らが秘密裏に行動する組織である限り、目立つ集団にあからさまに手を出してくる可能性は少ないという話になったはずだ。焦りすぎるな」
そう言われて眉が下がった。
しかし私は……以前敵対したイレ皇子と、その所属する組織に対して、かなりの危機感を抱いていた。
確かに私達には守る盾も武器もある。タロットとアルヘオ文字がある。その知識も増加し続けている。
しかし彼らは──得体がしれない。
アベルさんもそれは重々わかっている──いや、むしろ私よりも百倍は身をもって強く分かっている──が、私があまりに焦っているので宥めてくれているのだ。
夜明け団には数多の有力貴族の子供がいるから、それが攻撃されれば一気に問題は大きくなり、彼らの存在が明るみに出る。
そうすれば相手の方が動きにくくなる。
だから急に子供たちが危険にさらされることは本当に無いはずだが、常に万全を期したいと思うのは止められなかった。
「あーりすっさま!」
「ふぎゅ!?」
お説教のためにアベルさんの廃塔に入れられたところで、誰かに後ろから思い切りのしかかられる。
何事かと見やると、それは白猫双子のフルダルとニルファルであった。
「また難しいこと、考えてマスカ?」
「心配なんてー、しなくていいのデス。きゃは!」
最近言葉が達者になってきた双子がそう言ってきゃっきゃと笑った。すると何故かため息をついたアベルさんによってつまみ出される。
しかしつまみ出す直前、アベルさんが双子の頭をわしゃりと撫でたのが見えた。
「心配するな」
「するー」
「……、……」
「……?……」
「……」
バタムと扉を閉めたアベルさんが戻ってきた。
眉間の皺を揉んでいる。
後半はよく聞こえなかったのでどうしたのかと問うたが、なんでもないというジェスチャーをされた。
それを不思議に思いつつ見上げたところで……アベルさんから言葉が降ってきた。




