24 兄弟喧嘩
お茶会をしたいです!と申し出てバージル家へ意気揚々と赴き、約束の料理レシピも持参した私は、現在バージル家特製のハーブティーでもてなされている。
「ヴィルから聞いていたけれど、本当にアリスちゃんは変わったのねぇ。おまけに精霊に愛されて……。私、本当に安心したわ」
しみじみと言いながらお茶を飲むフレシアおば様。
「本当だよね。それに、アリスが回復してからは毎日が楽しいよ」
そう言ってくれるヴィル兄様ににっこり微笑んで返す。私も優しい親族に囲まれて幸せですよ。
そんな風にお茶を楽しみながらおしゃべりしていたが、私は意を決してオルリス兄様のことを話題に出してみた。
「あの、それでおば様、兄様……。私、オルリス兄様ともお茶したいです。いつならご一緒できるでしょうか?」
そう言った瞬間に、空気がガラリと変わる。
ヴィル兄様は険しい顔に、フレシアおば様は悲しそうな顔に。
「……アリス、兄上のことは忘れるんだ。あの人は、もうアリスの知ってる兄上じゃないんだよ」
「え……ど、どういうことですか?」
どういう風に勘違いされてるんだろう。
「あのね、アリスちゃん……。私も自分の子供のことをこう言いたくはないのだけれど……、オルリスは、変わってしまったの。あまり近づいては駄目よ」
実母のフレシアおば様まで、オルリス兄様を危険な存在として見ているようだ。
「……なにか、あったのですか?」
そう問うと、ヴィル兄様はぐっと悲しげな顔で俯いた。そして、ぽつりと言葉を漏らす。
「……殺されかけたんだ」
「えっ?」
にわかに信じ難い言葉に思わず問い返すと、ヴィル兄様はバッと顔を上げて苦しげに叫んだ。
「殺されかけたんだよ、1年半前に! 兄上に僕は、僕は……」
そう言って震える拳を握ったヴィル兄様は、一度深呼吸してからゆっくりと語り出した。
「オルリス兄上は、アリスが病んだのとほとんど同じ位の頃から引きこもりがちになったんだ。でも、貴族の嫡男としてそんなのは許されないだろう?僕も両親も、何が原因なのか聞き出そうとしたり、説得したり、手は尽くしたんだ。でも兄上はどんどん暗くなっていった」
うーん、悪化したのか。鬱病の人に頑張れっていうと余計負担になってしまう、みたいなアレだろうか。オルリス兄様がそうかはわからないけど……。
「あの頃はオルリスもまだ外出はしていたのだけれどね……。あの温室での一件以来、お茶会もできなくなって……」
「温室での一件?」
私がそう呟くと、ヴィル兄様がいよいよ苦しそうな顔をした。
「ああ。あの日は確か、親戚の屋敷でお茶会があるからと温室に兄上を呼びに行ったんだ。でも兄上は嫌だ、放って置いてくれって聞かなくて……。家族の思いも知らないでって、僕はそんな兄上に苛立って、つい罵倒したんだ。そしたら」
ぶるりと身震いした兄上は、小さな声で続けた。
「頭を抱えてうずくまった兄上の、後ろの植物が急成長して僕の首を締め上げた。そして、近くにあった花の猛毒の花粉が急に飛び出して、僕の周りを取り巻いた」
「……!」
それは確かに、植物魔法で殺そうとしていると思われても仕方ない。
「夫がその騒ぎに気付いて、すぐに応急処置したからヴィルは後遺症もなく助かったけれどね……。兄弟喧嘩というにはあまりに……。それ以来、オルリスは更に閉じこもってしまったの。情けないけれど、私とも会話してくれないの」
悔しそうにそう言ったフレシアおば様の目には涙が浮かんでいる。
「幸い、刺激しなければ何もしてこないけどね。私室か書庫で何かを読んでいるか、たまに温室に降りてくるだけ。……嫡男を勘当するのは家の面子に関わるから、一応様子見で放置されているけれど、父上もそろそろ許さないだろう」
「そんな……」
思った以上に深刻な事態に、私は言葉を失ったのだった。




