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22 オルリス


 呆然とする私の視線の先にいるのは、腰まで届く美しい白緑の髪をさらりと靡かせた、涼し気な顔の美青年。確か今年で18歳。

 深い青に金の縁どりのついた、ゆったりとしたローブという魔術師っぽい格好をしている。

 なにか薬草を熱心に観察していて、その横顔はこちらには気付いていない。

 

 

 

 

 私の記憶が正しければ、彼は「金色の薔薇~悪役令嬢は美しく咲く~」という乙女ゲーの登場人物だ。

 

 


 この金色の薔薇、略して金薔薇というゲームは、転生する直前に前世の会社の部下が貸してくれたゲームだった。

 

 顔も名前もぼやけて見えないが、可愛がっていた後輩が「すっごく面白いんですよぉ!先輩もやってみてください!」とゲームを差し出してきた姿を思い出す。

 

 しかし当時の私はほぼブラック企業の社畜。学生時代のようにゲームをする時間はなく、机の上に置いたまま結局プレイすることはなかったのだ。

 

 今のオルリスの姿を見るまで確信が持てなかったのは、二年前の姿と今の姿が全然違うからである。

 

 三歳児だった朧気な記憶にある二年前のオルリス兄様は、ボブヘアを縛った爽やかな髪型だった。服装も白いブラウスに茶色い細身のパンツなど、身軽な服装が多かった。

 

 そして私が前世で見たことあったのは、今の姿の、裏パッケージの攻略キャラ立ち絵とその下に書かれた「オルリス」というファーストネームだけ。

 

 見た目の全く違うオルリスという名前の青年を一人知っているだけで、本当に乙女ゲーの世界に転生したとは誰も思うまい。

 ……ちょっと、あれ?と思うことはいくつかあったけどね。

 

「まじか……ホントにそうだったのか……」

 

 そう呟いた瞬間、オルリス兄様が弾かれたようにこちらを向いた。

 

 

「……?! あ、りす?」

 

 

 掠れた、低い声が私を呼ぶ。

 

 その声を聞いた瞬間、私はゲームの設定通りの状況に兄様がいると理解した。

 

 自分も目の下にクマを作った後輩は、なんとかして私に推しゲームをプレイさせ、元気づけようとしていた。

 その時にキャラの説明を数人分だけ簡単に受けたので、現在のオルリス兄様のことは少しだけわかる。後輩の説明が蘇ってくる。

 

「オルリスは、薄幸のイケメンなんです!人間嫌いかつクールに見えるキャラで、ネタバレになっちゃうので詳しくは言えないんですけど……家族仲が悪くて、ヒロインと出会うまで人とほとんど喋らない生活をしてきたんですよ。そんなイケメンの心を解きほぐす。良くないですか?!」

 

 今、私の名前を呟いたオルリス兄様は、まるで長く喋っていないように声が掠れていた。どうやら既に家族仲は拗れているらしい。

 ヴィル兄様の態度の理由がはっきりとわかった。

 

「御機嫌よう、オルリス兄様。お久しぶりです」

 

 刺激しないようゆっくり近づいてみると、オルリス兄様は狼狽えた。

 

「……、う、ん。久しぶり、だね」

 

 長い前髪に遮られた翡翠の目が泳いでいるのがちらりと見える。

 

 オルリス兄様、かなり身長が伸びたなぁ。

 今は170センチ後半はあるようで、幼女の身長だと前髪に隠された美しい目が下から見える。

 

 少し後ずさった兄様は、恐る恐ると言ったふうに声を出した。

 

「具合は、良くなったのかい。とても悪いと聞いて、いたけれど……」

「はい、すっかりよくなりました!今日はオルリス兄様にもお会いしたくて来たので、会えて良かったです!」

 

 そう言って安心させる様ににっこり笑うと、オルリス兄様もふんにゃりと笑ってくれた。

 

 なんだ、やっぱり昔の兄様だ。

 

 クールで人嫌いとか、たぶん勘違いされてる系シナリオだったんだろう。私の知る兄様はふんわりしてて、とっても臆病で、家族や友人に優しい人だ。

 だからこそゲームのキャラと結びつかなかったところもある。

 

 もしくは、ゲームはヒロインが10歳くらいの地点からスタートするらしいから、あと4、5年の間に心を守るための「排他的でクールな人の仮面」を身につけたのかもしれない。

 

 ……ちなみに、なんでゲームスタートまであと4、5年だとわかるかって?

 

 それは、もうちょっと思考を整理してからだ。確定ではないし。

 

「オルリス兄様は何をしていたんですか?」

「う、ん……。薬草の採取を、しに来たんだ」

 

 ぽつりぽつりと呟いた兄様は、なんと私のためのハーブを考えてくれていたらしい。

 

「僕もね、二年前くらいから、理由もないのに、定期的に、暗い気持ちになることが多くて……。最近は、家も、いろいろあったし。だから、アリスが大変なのが少しわかって……気鬱に効くようなブレンドを、ずっと探していたんだ」

「そうだったのですね。そんなに考えてくださってたなんて、嬉しいです。 ……でも、オルリス兄様はどうして暗い気持ちになってしまうんでしょうね?」

 

 理由も無く暗くなる、か。オルリス兄様は元々とても繊細だったから、精神的にバランスを崩しやすいタイプなのかもしれない。

 

「本当に、理由はないんだよ……。でも、それがヴィルには、気持ち悪かったみたい、で……。喧嘩、しちゃったん、だ……」

 

 そう言ったオルリス兄様は長いまつ毛を伏せて、視線を落とした。

 

「オルリス兄様……」

 

 兄弟仲が拗れた原因はオルリス兄様の性質にも関係あるらしい。それは根が深そうだ。

 

「そうだ、これ」

 

 オルリス兄様は懐からふたつのポプリを取り出した。

 

「会うことがあったら、渡したいと、ずっと思っていたんだ……。これは、アリスに」

 

 儚げで美しい顔をほんのり微笑ませるオルリス兄様。

 

「わぁ、かわいい!これはどんなポプリなのですか?……薔薇の香り?」


ピンク色のリボンで結ばれた小さなポプリからは、薔薇のいい香りがした。

 

「品種改良した、薔薇がメインで……。精神安定や、魔よけの効果が込めてある……。まだ改良の余地があるものだし、もう、いらないかもしれないけれど」

「ううん、とっても嬉しいです!大切にしますね!」

 

本当に嬉しくて満面の笑みが浮かぶ。すると私の反応を見たオルリス兄様も、ぽっと桃色に頬を染めて嬉しそうに目を細めた。

 おお。う、美しい……。

 

 私は渡されたもう一つのポプリに視線を移す。

 

「こちらは?」

 

「ん……。そっちは……ヴィル、に、あげたくて……。でも、僕からじゃ、受け取ってくれない、から……」

 

 緑のリボンが結ばれたポプリは、ヴィル兄様用らしい。

 

「そうなのですね……。こちらはどんな効果が?」

 

 

 それは、とオルリス兄様が口を開いたところで。

 

 

「何してる?!……アリスから離れろ!!」

 

 

 背後から、鋭い怒声が飛んできた。

  

 

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