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175 イヴァン様との約束

 

 そんな風にまったりと話している時に、魔術の壁の向こうからこちらを呼ぶヴィル兄様の声がした。

 滅多にない事なので慌ててアベルさんに別れを告げて戻ると、ヴィル兄様が焦った顔をしていた。

 何事かと聞けば、イヴァン様から緊急な話があるのだという。


 ひとりで待っているという空き教室へ行くと、そこには端っこにひとり、床にしゅんと座り込んでいるイヴァン様がいた。


「どうしたのですか、イヴァン様!? 極秘な話があると聞きましたが……」


 駆け寄って顔を覗き込むと、イヴァン様は目元を真っ赤にして泣き濡れた顔をしていた。


 ぎょっとして頬を包み、再度どうしたのかと聞くと、イヴァン様は大粒の涙を流しながらつっかえつっかえ語り始めた。


 その話を聞くうちに全容が見え始める。あのキルシェが、研究室に忍び込んだのだ。


 そしてイヴァン様はここ最近、夕方以降は自主的に警戒して消灯間近まで研究室に残り、誰も研究室にいない時間が無いよう警備していたのだという。


 しかし、戸締り担当が鍵をかけたのを確認してから寮へ戻ろうとしたところで、異音を聞きつけて戻ったところ、そういう事件があったと。


 その時はなんとか撃退したと思ったものの、今日になって不安になり小研究室の魔石を確認してみたら、恐らくアーレフの魔石……風の魔石がひとつ足りなかった、というのが事の顛末の様だった。


「それは、困りましたね……」


 思わず呟くと、イヴァン様はその大きな黒曜石の瞳から、ぼろぼろとさらに涙を零し始めた。


「っひっく、う、ごめんなさい、ごっ、ごめんなさいありしゅしゃま、ごべんなしゃ、うえ、うぁぁ」

「! わ、わ、イヴァン様は悪くないのですよ、泣かないで!」


 大泣きし始めたイヴァン様の頭を包む様に抱きしめてやり、呼びかけながらゆっくり撫でてやる。

 呟いた言葉で誤解を与えてしまった。


「イヴァン様は自主的に警備までして、しかも、被害を最小限に留めてくれました。イヴァン様がいなければ、盗られたことにすら気づけなかったかもしれません。とても凄いことです。とっても、とっても偉かったですよ」


 そう耳元にゆっくり語りかけると、何故か泣き声が酷くなって焦った。


 撫でたり抱き締めたり、目を合わせて語りかけたりして落ち着かせた所で、話を整理する。


 イヴァン様が言うところによると、あの決闘などでは一見間抜けに見えたキルシェは、只者ではないという。

 そして耳を疑ったが、イヴァン様の一族「黒猫族」もまた、密偵や夜陰に乗じる稼業を最も得意としているというのだ。


 もちろん普通に暮らしている者が大半だが、一族の中心メンバーはほぼそうなのだと。


 その矜持にかけて、可能な限りの警備を自主的に行っていたのだとも……。それを聞いて、私は自分を殴りたくなった。


 黒猫は夜目が効く、黒猫は夜が得意。そういった話や、胸を張って言う自慢は何度も聞いたが、それは決して文字の通りではなかったのだ。


 私はイヴァン様が属する集団の主の様なものなのだから、イヴァン様のことをもっと良く知っていなければならなかった。彼が自ずとそういう風に動くことを知っていなければいけなかったし、予め危険を減らしたり、うまく動けるように指示してあげなければいけなかった。


「イヴァン様、ごめんなさい。今回の事は本当に、全て私の責任です。どうか気に病まないで……」

「ちがっ! 違います! 俺が、俺が未熟だから、勝手に一人で動いたからっ」


 勝手に一人で動いたからとイヴァン様は言うが、そもそも私は彼にお願いも命令もしていなかった。彼に指示し、その行動の責任を取りたいと思うなら、そうあれるようにもっと関係を明確にしなければならない。


「今、オーキュラスの名においてすぐ約束することはできません。……しかし、アリス個人の名において貴方に約束します。貴方の守護者でいると。貴方が私に協力してくれる限り、私は貴方を肯定し、その成功も失敗も受け止めます……だから、泣かないで」

「アリス、様……」


 濡れた瞳をぱちぱちと瞬かせて、大粒の涙をぽろりと流しきったイヴァン様は。


 見る見るうちに頬を染め、ふにゃん、と蕩ける様な妖艶な笑みを浮かべた。


「……ああ、夢みたいだ……。ならば、俺は俺の名において一族を代表し、アリス様だけに忠誠を誓います」

「ありがとう、イヴァン様」


 ……ん。


 ……ん? 一族? 


「一族を、代表して?」

「はい!」

「あ、ありがとう……?」

「はい!!」


 にゃああん! と喜びの声を上げ抱き着いてきたイヴァン様により床に押し倒され、首筋にすりすりされまくりつつ、頭を整理する。


 今、思っていたよりも遥かにスケールのでかい約束が交わされたのではないか? 


 ……でもそれならそれで、受け止めないとなぁ。そんなことを思いつつ、側近たちが探しに来るまで半ば呆然としながらイヴァン様に好きにされていた。


 なおこれ以来、研究室の警備はより一層厳重になり、貴重品の鍵はオーキュラス家お抱えの鍵職人による特別製に変更され、研究成果は全て鍵付の箱に仕舞われることになった。


 奪われた魔石は取り返したかったが、「盗んだと難癖をつけた」と言われて大ごとになるのはさらにまずいと思い、動く事ができなかった。

 あの文字1つならばまだ取り返しがつく。なので、逆にあの文字についてなにか動きを見せてこないか反応を見るための犠牲として、割り切ることとなった。


 そして夜になると、どこからともなく研究室の周囲や屋根裏に、毎回違う耳付きの人影が現れるようになるのだが……それはまだ知らない話である。

イヴァン回でした。いかがでしたでしょうか?


それと、本日の夕方ごろ、活動報告にて2巻のカバー画像を公開致します!

ぜひぜひ見に来て下さいませヽ(*´∀`)ノ

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