134 真夜中のバルコニー
ぱちりと目が覚めた。
横になっていた温かいベッドの中で寝返りを打つ。
魔獣討伐やらタロット魔術発見やらで大変忙しなかった一日が終わり、タロットを目撃した三人に黙秘の誓いを立ててもらってから床に就いたのが、ほんの数時間前だ。
私の横の簡易ベッドにはコニーが、そして続き間には側近としてのヴィル兄様と、一人部屋を断ってヴィル兄様と相部屋にしたオルリス兄様が眠っている。
フクロウの鳴き声を遠くに聴きながら、私は目を閉じて思いを馳せた。
考えるべき事は沢山あるはずだ。やらなきゃいけないことも。
……しかし、落ち着かなくて。
コニーを起こさないようにそっと起き上がり、ネグリジェの上にガウンだけ羽織って、静かにバルコニーに出た。
初冬に入ったばかりの冷たい夜風が、服越しに肌を冷ましていく。
この国の暦の進み方と季節は前世とほぼ変わらない。月が二桁に入れば肌寒く、年をまたげば寒さはより厳しくなってゆくのが普通だ。
ふるりと震えながらも、頭を冷ますにはこの位がちょうどいいと思い、バルコニーの手すりにもたれかかった。
「ガブリエラはたぶん、転生者。……そして、私も転生者」
なんとなく、ぽつりと呟いた。
『先輩先輩! 流行りの転生ものですよ! オープニングだけでいいから見てくださいよぉ~! ……ほんとに、ほんとに30秒だけでもいいですからぁ』
前世の後輩の明るい、しかしどこか必死な声だけが脳内でリフレインする。
後輩のオススメゲーム。
「金色の薔薇、か……。プレイしてたら、もっと沢山のことを知れたのにな」
そう呟きながら過去に思いを馳せる。
オススメされれば大体のものはかじってきた。学生の頃は特に、推されればアニメでもゲームでも漫画でも読み込んだし、小説も嗜んだ。某魔法小説なんて凄い入れ込みようだった。
でも今思えば、社畜を極めていた当時はそういうものを楽しんでいなかった。オカルト趣味に没頭していたからっていうのもあるけど、それも突き詰めて考えれば趣味と言うより現実逃避だったのだろう。
……これは今日のオルリス兄様達の泣きようや、自分の異様なオカルト趣味、そして傍から見てヤバかった環境を実感して、ようやく思い至ったことだけども。
もう、面白い作品にハマるだけじゃ足りなかったんだ。
平気だと思っていたけど、深層心理ではあの会社、あの苦痛、あの世界から本気で逃げ出したかったんだろう。視野が狭くなって、会社が全てになっていたから尚更。
だから大切な後輩にどれだけゴリ押しされても、ゲームの世界を覗き見るだけの行為……ゲームを「プレイ」するという行為には興味が無かった。
異世界を、別世界を本気で傍に感じるためには、ストーリーじゃなくて、知識が必要だった。
魔法、暮らし、怪物、オカルト、なんでも良かった。知識を得て、自分が生きる世界をその時だけでも本物の異界の様に感じたかった。だからオカルト知識の本ばかりを、読んでいたんだ。
「あ~……改めて考えてみると、どう考えてもヤバい状態の人です、本当にありがとうございますって感じだ。めちゃくちゃ心配かけてたんだな……」
思わず手すりにゴンと頭をつけて項垂れる。ちょっと勢いつけすぎて痛かったため、涙目になった。
頑なに私にゲームをさせようとしていたのは、息抜きだけじゃなくて、浮世から離れつつあった私の「心」を引き止めるためだったのかもしれない。
それなのに、それにお礼も言えずにポックリ死んで本当にこっちに来ちゃったんだから、申し訳ない限りだ。泣いてないといいけど……いや、泣いただろうな。今日のコニーなみに泣いただろう。可哀想なことをした。
「アリス……?」
暗闇に響いた幼い声にびっくりして顔を上げると、隣の部屋のバルコニーに金色がふたつ浮かんでいて。
目をぱちぱちしてみると、それは月の光を反射した、オニキスお兄様の金色の瞳だった。




