114 二回戦
オルテンシア様の合図と共に走り出した両者はアサメイを一瞬で引き抜いた。そして、いきなり激しい近接戦が始まる。
短剣の戦闘はスピードと身のこなしの勝負だ。キンッと刃物がぶつかり合う音が響く。
「ひえ、殺意たっか……」
思わず小声で呟いてしまった。お互いに一切手加減している様子が見られない。
というか……私の抱擁で多少正気に戻ったヨハンも、ニコラスの決闘らしからぬ執拗な際どい攻撃に苛立っているように見える。
うわっ、今、目の横ぎりぎりを……うわ、うわ。
どちらかの攻撃がまともに当たれば大怪我必至、という鋭い攻撃の応酬は、見ているものの心臓を冷や冷やさせる。
観客と化した生徒達は相変わらず楽しそうに野次を飛ばしている。
しかし恐らく荒事を避けて生きてきただろう女の子の何人かは、生々しい刃物の動きに近くで見るのが怖くなったのか、遠くに下がって見守るようになった。
へたに声をかけて集中が途切れたら大変だと思うと、迂闊に応援することも出来ない。私は拳を握ってヨハンとニコラスの動きを見つめ、集中した。
しかし、スピードのある動きとは言っても二人とも子供だ。その動きは洗練された兵士のものでは無い。
技と言うより勢い任せに近い時もある。お互いにその読めない動きの危なっかしさを感じたのだろう、少し距離を取って様子を見始めた。代わりに舌戦が始まった。
「へぇ、力負けしないのか。ちょっと前まで俺の後をくっついて回ってただけの泣き虫なお前が随分出来るようになったじゃないか」
「……っ! は、兄さんこそ相変わらず腕力だけはあるな!……まぁ、それだけだが?」
お互いに煽りあって隙が出来ないかを見ている。……てか、小さい頃のヨハンってお兄ちゃんっ子だったの?なにそれ可愛い。
あまりの緊張に思考回路が脱線するが、再び動き始めた二人に息を呑む。
「俺が勝ったら、アリス様に謝れ!」
「ハァ?! 謝ることなんかないな!」
「なんだと?! ……ハァッ!」
気合いの声と共に踏み込んでキン、キンと短剣を打ちつけ合う。
なおも口論は続いた。
「大体お前、見る目がないんじゃないのかァ?! 幽霊令嬢と言われていたような、病気持ちの主に……」
「貴様!」
再び私のことをネタにして攻撃し始めたニコラスに、ヨハンがブチ切れた。
「それ以上アリス様の事を悪く言ってみろ……。我が兄と言えども容赦しない!」
「容赦しない? ……はは、笑える」
すっと表情を消したニコラスが姿勢を低くした。そう思った次の瞬間に、弾けるようにしてヨハンの懐に飛び込む。
「!」
「ほら……隙だらけだ」
突き出された短剣が、体を庇ったヨハンの手の甲を撫でるように斬った。
「ヨハン!!」
パッと散った赤い鮮血に思わず悲鳴が出る。ぐ、と呻いたヨハンは片手を抑えて後ずさった。
「あ、あ、血が……!! ヨハン、ヨハン駄目! 棄権してぇ!ヨハン!」
思わずそう叫んでしまう。いけないとわかっていても喉から声が出てしまった。
しかしその声を聞いたヨハンは、ニッと笑って。逆にニコラスは忌々しげに舌打ちした。
「護衛のくせにペットみたいに心配されて、いいご身分だなヨハン。棄権するか?」
「ははっ……。我が主は優しいんだ。お前のと違ってな」
「っ!!」
謎に余裕な笑みを浮かべたヨハンがピッと血を拭い、小声で詠唱を始める。
それに対して急に余裕を無くしたニコラスは、暗い目でブツブツと何事かを呟いた。
「ヨハン……。お前だけは許せない……。なんで、なんでお前が、なんで俺じゃなくてお前が……!!」
「行くぞ、兄さん」
キッと前を向いたヨハンとゆらりとアサメイを構えたニコラスが向かい合い、走り出す。
よく見るとヨハンのアサメイには渦巻く風が巻き付いている。恐らく実際の刃の見た目よりも長いリーチで先手を取ろうとしている!
「“行け、空間を喰らう焔!”」
しかし我を忘れているように見えたニコラスがそう叫ぶと、薙ぎ払うようにして振るわれた切っ先から小さな弾丸のような炎が飛び出した。
それがヨハンのアサメイに着弾し、渦巻いていた風が途端に燃え上がる炎となる。
「あっ、ぐ!!」
燃えるアサメイを取り落としたヨハンに、ニコラスがすかさず勢いをつけて殴りかかった。
「っラァ!!」
が、と鈍い音をさせてヨハンが吹っ飛ぶ。
その軽い体は軽々と飛び、……ギリギリ白線の外へと、落ちた。
「……勝者、ニコラス!」
オルテンシア様の声と共に、絶句した私達の反対側……ガブリエラ陣営の周囲で、歓声が響いた。
兄弟対決でした。
次はいよいよ最終戦です!




