30.この頃、都に流行るもの
「見て見て!! マルカ。やったのよ!!」
「アンネローゼさま? うわっと」
走る勢いをころしきれず、飛び込むようにマルカへと突撃したわたし。
マルカはそれを、大きくひろげたふたつの腕で抱き留めた。
「マルカ、あなたおっきくなったのねえ」
腕の中で、わたしはちょっとしみじみする。
はじめて会ったときには、たしかわたしと同じくらいの身長だったはずなのに。
いまではわたしを包み込めるほど、いつのまにかでっかくなっちゃったみたい。
「あ、アンネローゼさま、申し訳ございません」
なぜか頬を染めながら、マルカがぱっとわたしからはなれる。
「もう、そんなに焦ったりすることないのに。わたしとマルカの仲じゃないの」
「それはうれし……いえ、そういうわけにもまいりません」
ふむ、とわたしは思った。
そうねえ、マルカもそろそろいい歳だし、いつまでもベタベタするってわけにもいかないかもだ。
「それで、アンネローゼさま? なんのご用事だったのです?」
「ああ、そうだった。見てこれ」
はい、とわたしはマルカに1枚の紙を手渡した。
「これは?」
「かわら版っていうらしいの。皇国で配られているんですって」
「ほう……皇国と帝国の同盟成立迫る? なるほど、これは興味深い」
「そうなの? いえ、そうじゃなくて、右下のほうよ」
「この頃、都に流行るもの。これですか?」
「そうそう」
読んで読んで、とうながすわたしにせかされて、マルカがそれを読み上げる。
――ふわふわスフレ、皇都にて大流行。ひとつ食せば天にも昇る軽やかさ、まことに美味なり
――わけでもリュミエール王国産の牛乳と卵によること大
――皇室農林水産部は、王国より直接の輸入を検討
「これは、凄いですね」
「でしょ?」
「皇国の商人たちは終始難しい貌をしていましたからね。あのときはどうなることかと」
□■□
試食会。
わたしたちがドキドキしながら見守る中、ゆっくりとお菓子を食べ終えた皇国の商人さんたちは、挨拶もそこそこにどこかへと去って行ってしまった。
「あの、ダメだったんでしょうか」
「そう思いたくはないですけれど、最悪は想定しておいたほうがよいかもしれませんね。なにしろ、あの調子では」
リットくんたちが哀しそうな貌でいいあっている。
「みんな心配性なのねえ。でもあれ、きっと大丈夫よ」
「いいんです、姫さま。なぐさめてくれなくっても」
「そうなのかなあ」
みんなが落ち込んでいる中で、わたしはきっとうまくいくってそう思っていたのだった。
だって、商人さんたち、最後には口の端をちょっとだけあげていたんだもの。
あれって、お菓子がおいしくてびっくりして、思わず笑っちゃったってことなんじゃないかなって
「本当ですか? いやしかし、そうは見えませんでしたが」
「僕が、僕がみんなわるいんです。せっかくのチャンスだったのに……」
その日の夕方まで、リットくんは謝るのをやめてくれなかった。
皇国の商人さんがふたたび王宮を訪れて、わたしたちが想像していたのよりも遙かに多くの畜産物を輸入してくれるってわかった、そのときまで。
□■□
「これは、リットにも早く伝えてあげないといけませんね」
「大丈夫よ。ここに来る前に、しっかりと伝えてきたから」
「おや、それではリットは一緒ではないのですか?」
「それがね」
わたしはあんまりうれしくて、リットくんに飛びつくや抱きついて頭をなでなでしつづけた。
「あれは、ちょっとやり過ぎちゃったなって思うのよ」
「いや、それはうらやま……けしからんですね」
「そうねえ。でもリットくんもあんなに怒らなくてもいいのにね」
顔を真っ赤にして、たぶんおそらく怒りながら、
『ややや、やめてください姫さま~~~!!』
と走り去ったリットくんのことを思い出しながら、わたしはいった。
「リットくんに謝らないといけないわね」
「では、リットのことはアンネローゼさまにお任せします。みつかったら、おふたりでルクスさまへ報告なさるとよろしいでしょう」
なぜか笑いをこらえるように、マルカがわたしにそういった。
「わかりました。頑張るわ」
あんなに凄い勢いで走り去っていったリットくんだ。
きっと遠くにいってしまったに違いない。
わたしはリットくんにどう謝るかを考えながら、ふんすと気合いの息を吐いた。




