第77話:さいしょーのひとがつかまったみたいです
来客は近衛兵による伝令であった。
美しき男が王妃らの前で跪く。貴族家に生まれ、見目良き男でなくては近衛兵とはなれぬ。王妃は、彼が王族を守る近衛の中でも夫、つまり国王の近侍であると見知っていた。
「王妃殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう……」
「挨拶は結構です」
王妃は近衛の挨拶の口上を遮り、視線一つで使用人たちを下げさせた。
近衛はちらと師匠やマメーたちの方に視線を向ける。本来なら余人に聞かせるべき話ではないが、今回の件について彼女たちは当事者である。
幼子に聞かせる話ではないとは思うが、魔女の弟子なのである。ひょっとすると見た目通りの歳ではないのかもしれぬ。一般人は魔女について全くの無知であった。
そのマメーは椅子の上で足をぶらぶらとさせながら、じいっと近衛を見つめていた。足が床に届いていないのである。
「おそれながら申し上げます。鹿の角が生えた魔術師の男が、ネイヴィス宰相閣下の王都邸に匿われているのを発見いたしました」
「なんと、宰相が……!」
王妃は思わず立ち上がった。しばし呆然としていたが、ゆっくりと椅子に座り直して言う。
「続けよ」
「はっ、男は宮廷魔術師団の所属ですが、昨日より欠勤していたとのこと。彼は宰相閣下の派閥の貴族家出身であり、ネイヴィス閣下からルナ王女殿下に獣化の呪いをかけるよう依頼されたことを仄めかしているとのことです」
王妃は扇で口許を隠すと、しばし動きを止めて黙考した。突然の話であり、急速な展開である。色々と思いを巡らせているのであろう。
「宰相はどうしておる?」
「本日も通常通り王宮に出仕しておいででしたので、陛下の命により近衛が捕らえました」
「ふむ、ようやった。……ただ、捕り物があったにしては静かであったな?」
王妃は労いの言葉を口にし、疑問を述べる。
「はい、宰相閣下は抵抗をなさいませんでしたので」
「ふむ、そこは宰相じゃの。潔しということか。……陛下はどうなさっておいでか?」
「控えの間にて、宰相閣下に詰問なさっておいでです」
「なるほど……他に何かあるか?」
「いえ、報告は以上です」
「うむ、大儀であった。下がって良い」
近衛は深く頭を下げると部屋を後にした。
王妃はどさり、と椅子の背もたれに身を預けた。王妃がするには見苦しいとされる仕草かもしれないが、張り詰めていた空気が弛緩する。
「ピキー?」
大人しくしていたゴラピーが卓の上でマメーを見上げて鳴く。
「はんにんさんつかまったんだって」
「ピー」
「ピュー」
ゴラピーたちはふうんと気のない返事をする。会ったこともない人間が捕まったりなんなりというのは、彼らにとって興味の対象外であるのだろう。
「宰相が……」
ルナ王女もショックを受けたのか顔色が悪い。宰相ともなれば面識もあったのだろう。
「魔女様。宰相が犯人と陛下にお伝えされたのはあなたですか?」
師匠は肩を竦めた。
「まあね」
「ご協力に感謝いたしますわ」
師匠は首を横に振る。
「別に犯人探しをする気なんざなかったんだが、さっきその宰相たちとすれちがってね。まあ、細かく説明する気はないが、呪いの残り香みたいなものがあったのさ」
「それをナイアント卿にお伝え下さったのですね」
うむ、と師匠は頷いて、それ以上の説明は拒むように茶を口にした。
「魔女様は素晴らしいですわ」
「ししょーすごい?」
そんな態度をとっても王妃が感激したように言うので、マメーは尋ねた。
ええ、と王妃が肯定すれば、マメーはむふーと自慢げに胸を張った。
「ししょーすごい」
「おやめ、マメー」
マメーはご機嫌ににこにこしながらルナ王女に声をかける。
「ルナでんかよかったね!」
「ええ、マメーちゃん」
ルナ王女も笑みを浮かべた。
「これでルナへの呪いは問題がなくなったということでしょうか?」
王妃は尋ねる。
師匠はしばし考えて頭をかいた。
「姫さんに呪いをかけたのが、その捕まった宮廷魔術師だってなら、……まあ、もう問題ないはずなんだがねえ」
「ご不安が?」
「いや、どんな風に呪ってたのかは聞いてみないとわからんってだけさ」
ルナ王女が師匠と母である王妃の顔を交互に見上げる。
王妃は立ち上がると、ルナ王女を抱きしめた。
「良かった、ルナ……」
「お母さま……ご心配をおかけして……」
王妃は姫を抱いたまま首を横に振る。
「いいのよ、そんなことは。辛かったのはルナ自身でしょうに」
「いいえ、魔女のおばあさまにも、マメーちゃんにも会えましたし、悪いことばかりではありませんでしたわ」
「そうね、それは素晴らしいことだわ。さあ、それからもう一つの素晴らしいことを進めなくては」
「素晴らしいこと?」
「ええ、あなたの婚約のお話よ」
二人は睦まじく話をしていたが、その時であった。
「うぅっ……!」
ルナ王女が苦悶の声を上げたのだ。
「ルナ……どうしたの、ルナ!?」
王妃の悲鳴のような叫びが上がる。ルナ王女が頭を押さえた。
マメーや師匠は姫の手の下から、茶色い角が再び伸びはじめているのが見えた。
ちっ、と師匠は舌打ちを鳴らし、杖を手に取った。
「……どうにも参ったねこりゃ」








