第21話:うにーちゃんからもらっちゃった!
「マメーちゃん」
ウニーはふらふらと立ち上がりながらマメーの名を呼んだ。
箒に乗るのに慣れていないのに、彼女の師匠であるブリギットの後ろにしがみついて、彼女たちの住まいから遥か遠く離れた深い森の魔女の庵まで飛んできたのである。疲労と恐怖でぷるぷる震えていた。
先ほど、空中で悲鳴をあげていたのも彼女である。
「ウニーちゃんようこそ!」
マメーはそんなウニーの手を取ってぴょんと跳ねた。
ウニーはマメーよりちょっと年上の10歳で、今年の新年に新参者階梯の魔女見習いとなっているから、魔女としてもマメーの先輩にあたる。
「マメーちゃん……ちょっとまって……うぇっぷ」
箒に乗っているのが辛かったのかウニーの顔が白い。船酔いのような状態でもあるのだろう。
「なによー、ほらウニー、しゃんとしなさい!」
ブリギットはウニーの背中をばしばしと叩いた。
荒々しい仕草ではあるが、手からは優しい魔力の光がウニーの身体に染み渡っていくのがマメーには見えた。簡易の〈治癒〉の術である。
「あ、はい、師匠」
ばしばし。
ウニーの声にも力が戻り、顔色も赤みを帯びてくる。
ばしばしばし。
「あの、師匠、もう大丈夫です、あのっ、いたっ、ありがとうございます!」
「あらそう?」
ブリギットは彼女を叩く手を止めた。
ウニーは真っ直ぐにマメーに向き直って言った。
「マメーちゃん!」
「あい! ウニーちゃん!」
ウニーは先ほどのブリギットのように、大仰な仕草で魔女の礼をとった。
「マメー・マジョリカ。偉大なる万象の魔女の弟子。魔女としての長き道を歩み始めたあなたに秘儀の神々のご加護があらんことを」
「ありがとうございます、ウニーちゃん!」
マメーは祝福の言葉を受けた。
ウニーはかけていた鞄を下ろすと、がさごそとその中を漁り、一つの包みをマメーに差し出した。
「それでこれ、お祝いに。わたしと師匠から」
「くれるの?」
マメーはウニーを見て、そしてブリギットを見上げた。二人は頷く。
マメーは包みを抱えてぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「ウニーちゃんとブリギットししょーからのプレゼント! やったぁ!」
ウニーは顔を逸らし照れたように頬を掻いた。
「そんな、大したものじゃないよ」
「あら、大したものよ? なんといってもこのアタシのあげるものだからね」
ウニーが謙遜するように言えば、ブリギットは自信ありげだ。
「ね、ね。あけていい!?」
マメーが問えばウニーは頷く。だがブリギットは言った。
「家で開けたらどうかしら?」
「あ、そうだね!」
つい話し込んでしまいそうになっていたが、わざわざ薬草畑の前で話す必要もないのである。
「じゃあおうちへどうぞ!」
マメーはるんたったと跳ねるような動きで魔女の庵へと向かった。
「ピキー」
「ピー」
ローブのフードの中でゴラピーたちが、そっと小さな声でマメーに良かったねと伝えてくる。
「うん、うれしい!」
マメーは元気よく答え、隣を歩いていたウニーは驚いてびくりと身を震わせた。
「な、何?」
「うん、いまよかったねっていわれたからー、うれしいよーってこたえたの!」
「そっかー……」
マメーはご機嫌だ。包みをぎゅっと抱いて鼻歌まで歌い始める。ウニーは困惑して自分の師匠を見上げた。
彼女は妖艶な笑みを浮かべて肩をすくめてみせる。師匠はいつもこうだ、とウニーは思った。ブリギット師匠は顕著だが、あるいは魔女や魔術師、占い師といった神秘を扱う者たちも大半が秘密主義的で何を考えているのか良くわからない。
マメーは年下の後輩で妹のような存在であるが、彼女も良くわからない。ちょっと生い立ちに複雑なものがあり、あまり人と会話してこなかったせいで会話能力が遅れているらしい。そう師匠から聞いていた。確かにその言動は8歳にしても幼さを感じさせるものである。
「ふんふふーん、ちゅるりるるー」
今も、とっとこはずむように歩きながら、ご機嫌な鼻歌がいつの間にか鳥の鳴き声の物真似のようになっている。
だがしかし、わからなさは幼さだけが原因ではない。ウニーはそう考える。天才の思考は凡人には分からないものだ。見ただけで数式を解く学者、チェスの達人の一手。魔女は特にそう、マメーは自分には見えないものが見え、聞こえぬ声が聞こえるのだろう。世にも稀な五つ星の魔術の才能、8歳で新参者の階梯に上がることを許されたこと。ただの少女であるはずはないのだ。
「ちゅるりるるー」
「ピッピキー」
「ピーピピー」
ほら、ウニーにまで意味不明な音が聞こえ始めた。
ウニーはぶるりと身を震わせた。ブリギットは笑いが堪えられなくなって身を震わせた。
「そーいえばブリギットししょーくるのはやかったね?」
ふとマメーが問う。
「あら、そうかしら?」
「ん。まだおくすりできてないよー」
マメーはかつて師匠が今回の製薬の工程を話していたことを思い出してそう言った。満月の光は製薬の後半の話だったが最後ではなかったはずだ。そして師匠はなんて面倒なんだいとぷりぷり文句を言っていた。
「昨夜が満月だったから、グラニッピナおばあちゃんはその光の採取をしていたでしょう?」
ん、とマメーは頷いて言った。
「だからまだししょーおねむ」
ブリギットは万象の魔女にそんな言い方をするのを聞いて、声を出して笑い出した。








